みらい×育成対談01

坂東 眞理子 × 平野 信行理事長

三菱みらい育成財団が目指す日本の未来への貢献

創業150周年を迎える三菱グループ三菱みらい育成財団が目指す
日本の未来への貢献

2020年11月、三菱第三代当主岩崎久彌氏が1924年に設立した、東洋学分野での日本最古、最大の研究図書館である「東洋文庫」にて開催した、昭和女子大学理事長・総長で財団理事でもある坂東眞理子氏と理事長の平野信行氏による対談。財団設立の経緯から、初年度の活動内容とその成果、次世代育成への思いなどについての意見交換の模様をレポートします。

※役職名は掲載当時のものです。

財団設立の経緯と目的

平野三菱グループは、創業者である岩崎彌太郎が1870年に土佐藩の海運事業を任され起業して以来、今年で150周年を迎えます。数年前から三菱金曜会の仲間たちと、記念事業について何度も議論を重ねてきた結果、三菱グループの共有理念である「三綱領」の一つ、“所期奉公”の考え方を踏まえ、教育を通じた社会貢献事業に取り組もうということになりました。正解のない課題、これまでの既成概念では対応できないような課題が山積する激動の時代に立ち向かっていく人材、未来を切り拓く人材を育成していく必要があるだろうという結論に達したのです。

私たちが着目したのは高校生を中心とした15~20歳の世代。感受性が豊かで、柔軟性のあるこの時期に、自らの意志で考え、行動する力を身に付けること、人格形成に影響を与えるこの時期の教育が最も大事であると考えたからです。また、特に高校に関しては、残念ながら大学の予備校化しているところがある。その教育プログラムを、より能動的に、創造力豊かに自由に個性を伸ばしていけるような教育に変えていきたいと思ったのです。

活動期間10年、総事業費100億円としたのは、ビジネス的な観点からです。ビジョンを持ち、実現可能な計画を立て、一定期間に結果を出すという構造にするのがベストなスタイルだと考えました。ある意味、我々担い手自身を追い込む、自分自身にプレッシャーを与えるということにもなります。最終的に、10年後、日本の教育の在り方や、システムに変革が起きたというところまで持って行きたいというのが私たちの狙いです。

坂東眞理子
坂東眞理子Mariko Bandou昭和女子大学 理事長・総長
一般財団法人 三菱みらい育成財団 理事

坂東私は長い間公務員をしていましたが、国の仕事というのは、例えるなら舞台装置作り。大事なのは、その舞台でプレイヤーが生き生きと活躍すること、人々に感動を与えられるような魅力的な人間をどう育てるかということなのです。

国は、一人も取り残さず全ての人に目配りをするような制度作りを行わねばなりませんが、今、日本の教育において一番取り残されているのは“浮きこぼれ”の人たちなのではないでしょうか。そうした、真ん中の平均からはみ出した人たちを発見し、その能力を十分に引き出し、発揮してもらう、育てていこうというのは、民間でなければできません。そのような試みを、三菱グループの方々が力を合わせてなさるというのは、とても素晴らしいことだと思いました。

また、この財団は一般財団なので、活動の自由度が高い。それはつまり助成資金の使い勝手がいいということ。目的を明らかにしたらプロセスについてはあまり細かく口出ししないという方針は、様々な新しい試みを応援しようという財団の志が感じられる、本当に素晴らしいと思います。

平野初年度の募集を通じて皆さんから寄せられた声も、あまりうるさく言われない、手足を縛られないのがいいというものがたくさんありました。もちろん、応募していただく以上はしっかりとしたアプリケーションを出していただきますし、審査も厳正ですが、採択後は、毎月レポートを求めたりはしません。例えば、3年間で一定の成果を挙げていただければいいという形にしていますので、そういう意味でも、非常に自由度の高い助成プログラムであるという評価をいただいています。

平野信行
平野信行Nobuyuki Hirano一般財団法人 三菱みらい育成財団 理事長
三菱UFJフィナンシャル・グループ 取締役 執行役会長

初年度の活動とその成果

平野初年度の助成対象プログラムは大きく分けると2つ。1つは、自ら目標とする生き方を考え、見い出し、その目標に向けて歩み続ける原動力を習得する「心のエンジンを駆動させるプログラム」です。さらにその中が2つに分かれており、カテゴリー1が、高等学校、高等専門学校、特別支援学校等が学校現場で実施するプログラム。カテゴリー2が、株式会社、NPO、大学等の教育事業者が行う、より先進的、特徴的なプログラムです。

2つ目は、将来、社会が求める卓越した人材を発掘・育成する、「先端・異能発掘・育成プログラム」。こちらは、大学や研究機関、NPOなどが対象です。この中から何十年後かにノーベル賞学者が出てくることを期待しています。

初年度の結果としては、応募が251件、うち、66件が採択され、参加生徒、学生数は、26000人に達しました。

坂東想像以上にたくさんの応募がありましたね。文部科学省も新学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」をと明記していますが、現場の先生方は手探りで模索しています。そのような状況の中で、新しいことにチャレンジしている学校や先生を見つけ、可能性のある面白いプログラムを引き出し応援する。多様な才能、多様な可能性を発見するというのは、目利きでないとできないと思うのですが、それによって、次第に周りも触発され、自分たちもチャレンジしてみようと横に広がっていく。これはまさに、新しいユニークな教育を作るための壮大な現場実験なのではないでしょうか。

平野これまでは、企業で言えばマニュアル型の授業が行われていたわけですが、それではダメです。先生方も自分で考えなければならない。そのような中で、様々な試みや視点がありました。例えば、地域の社会的な課題を取材し、それに対してどのように取り組むべきかということを学習の中心に据えたり、グローバル人材を育てていくためにはどうしたらいいか、それが自分たちとどうつながっているか。また、特別支援学校ではテレワークで就労する機会にチャレンジするなど、今の時代状況を反映しながらそれに積極的に働きかけようとする、まさにアクティブラーニングといえるプログラムが数多く寄せられました。これらを広く横展開していただけるようなプラットフォームも、今後、構築していこうと考えています。それによって、日本の教育自体の在り方が徐々に変わっていくことを期待したいですね。

坂東社会全体、経済全体がパラダイムシフトしている時代に通用する人物というのは、いわゆる頭が良いという能力とは違う、共感力や独創力など別の能力を持っている人なのだと思います。ところが、高校生たちはまだまだ、受験で良い成績を取れる人が頭が良くて、そうでない人は頭が悪いと、あるいは能力がないと思い込んでいる。受験に強いことも一つの能力であることは確かですが、新しいことを考え出すとか、皆を巻き込む力があるというのも能力。学校の勉強ができて、受験に強いことだけが能力ではないと気がつき自信を持つよう力づけるべきと思うのです。受験によって、能力観や価値基準が狭められているところがあるように感じるので、このプログラムへの参加が、それを変えるきっかけになればと考えますし、参加者にとっては、とても素晴らしい成功体験になると思いますね。

平野コロナ禍にもかかわらず初年度の助成プログラムへの応募や反響は想像以上でした。その理由はいくつかあるのですが、1つは、このようなプログラムを皆さんが渇望しておられたということではないでしょうか。高校における教育の在り方を変えなくてはならないという意識を共有しておられるものの、その方法が分からず、様々な工夫をしている。しかし、予算は十分につかない。であるならば、ここに応募してみようという動きになったのではないかと想像します。もう1つは、今回私たちは、フィールドワークに取り組み、全国の高校にキャラバンで伺いました。幸いにして去年の秋から活動していたので、コロナ禍の前にほぼ終了し、比較的、草の根的なコミュニケーションが取れたのではないかと考えています。さらに、選考委員の先生方に心から感謝しています。私も、オブザーバー参加する機会がありましたが、高校の教育現場を変えたいという熱い思いをお持ちの方々に加わっていただけた。そのおかげで、選考も非常にうまくいったと思います。

坂東眞理子

2年目以降の活動方針

平野2年目以降に取り組みたいと考えていることの1つ目は、大学1~2年生くらいを対象に、より深い教養を身に付けられる機会を提供するような、21世紀型の教養教育プログラムを作ることです。VUCA※の時代に満ちあふれる正解のない問い。それらを解いていく上では、総合的な知識とか視野、リベラルアーツが必要です。そういうものを大学の最初の2年間くらいできちんと身に付けてもらうべきではないか、もっと少人数で、インタラクティブで、アクティブラーニングに近い形の教養教育が必要なのではないか、そういった課程が必要なのではないかという仮説を持っています。

2つ目は、高校教員を育成するプログラムです。小中学校の先生は教育大学出身の方が多いのですが、高校の先生は、その多くが普通の大学で学んだ専門教科を教えていて、教え方は学んでいない。それが今の現場での課題につながっているのではないかと考えています。そこで、高校の先生自身に、例えば、探究型学習を実践的に学んでもらうプログラムを作ってみたいと思っています。そのためには社会的な視点も重要であり、私たちグループの社員がグローバル化やデジタル化が世の中をどう変えつつあるかをビジネスの現場からお伝えすることもできると考えています。

最後はプラットフォームの構築。本来、この事業はプラットフォームにしたいと考えていたのです。10年100億円でできることには限界があります。ですから、教育のプラットフォーム、助成対象者間の相互交流の場、さらにそれを世の中に広く発信していくプラットフォームを構築したいのです。Webサイトに情報交換の場を設けたり、シンポジウムやパネルディスカッションを開催して、在るべき教育の姿について議論していただき、シェアする。良いプロジェクトが生まれたら表彰してもいい。そうした、横展開につながるインフラ作りをしたいと思っています。

坂東どれもとても野心的ですけれど、ぜひ成功してほしいと思います。1つ目のリベラルアーツ(21世紀型の教養教育)は、特にグローバルなビジネスフィールドにおいて、その見識のあるなしで全くリスペクトのされ具合が違います。今すぐに役立つわけではないけれど、10年後20年後の自分の基礎になるような、本当の意味での教養を大学1~2年のうちに身に付けるにはどうしたらいいか。本を読んで終わりでなく、得た知識を自分の考えに深め、きちんと料理できるようにするにはどうしたらいいか。リベラルアーツ教育は、本当に新しいチャレンジだと思います。2つ目の高校の先生の教育は、教えるというよりも、現場で模索している先生たちがお互いに自分たちの経験をシェアできる場づくり、それは3つ目の課題にもつながりますが、そうしたプラットフォーム作りが大事なのではないかと思います。そして3つ目について、この活動が10年で終わらずに、アラムナイがお互いにサポートするような形で継続していければいいと思います。例えば、ビル・クリントンはローズ奨学生で、彼にとってそれはとても大きなステップボードになっているのですが、同様に、三菱フェロー、三菱スチューデントであることが、アチーブメントになり、ブランドになり、誇りになるようなサポートができればと思います。

※VUCA:Volatility(不安定性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなげた言葉。社会環境の複雑性が増し、将来予測が困難な状況を意味する

平野信行

今後求められる人材とその育成

平野従来のように、一定の品質の商品、サービスを提供すれば消費者に受ける時代ではない。ユーザー、消費者、社会が求めている変化の激しいニーズをくみ取りながら、ある意味では一歩先を見ながら、自分たちのビジネスをリモデルしていく。常に環境の変化に適応し、または先取りするような、イノベーティブ、クリエーティブな事業運営が必要です。つまり、それを担う人たちは、それを実行していくに足るだけの素質、能力を持っていなければならない。会社から与えられた時間と場所で一定の成果を挙げるのではなく、一定の自由度の中で、新しいビジネス、新しいアイデアを生み出し、企業のミッションを達成する。このような人が求められています。それには、より個性的な思考や行動のパターン、創造力や想像力、そして将来に向けての構想力を持たなければいけない。それには、世の中に対するより深い理解が必要になる。それが教養です。これらを持っている人たちを私たちは必要としているということです。場所と時間にとらわれない働き方が注目されていますが、その本質は、このようなことだと思います。そういった人材をぜひ育てたいですね。

坂東日本人の職人的気質、真面目で、一所懸命で、少しずつ進歩していくようなところは私たちの強みだと思うのですが、それだけでは駄目なんです。これからは、そういった人たちと協力して新しい分野に出ていく、新しいニーズを感知する、といったリーダーが必要です。しかし、そういった人物をどう育てるのかというところが、今、日本が苦しんでいる課題なのだと思います。シリコンバレーや深圳などではベンチャーがたくさん生まれていますが、多産多死ではなく多産多転なのだそうです。失敗しても諦めない、これが駄目ならこっちでやろうというたくましさも、日本人がこれから身に付けなければならない力なのではないでしょうか。そして、お金もうけだけでなく、世の中を変えたい、困っている人を助けたいというドリームを追求できる人材が、どんどん生まれてきてほしいと思いますね。

平野それは本当に重要なことですね。最近の若い人を見ていると、企業で働くこと自体ではなく、何のために働くのか、そもそも事業は何のためにあるのか、といったパーパスを問う人が非常に多い。昨年、アメリカ最大規模の経済団体であるビジネス・ラウンドテーブルでも従来の株主第一主義からステークホルダー重視の経営に移行しなければならないという声明が出されましたが、世の中の非常に大きな課題、世界的な分断や、格差といった課題に対し、企業は何ができるのかということを経営者が問い始めているわけです。それと同じことを、若い人たちは先取りしている。自分たちの仕事、日々の営みが社会貢献につながらなければ、働いている意味がないという意識が強くなっていると思います。それは素晴らしい兆候です。さらに、既存の考え方や枠組みにとらわれない創造的なものの考え方、ゼロからイチを生み出す力、それを教育の中でうまく育んでいけれ ば、日本の経済は活力を取り戻すとともにより豊かな社会を創り出すことができるのではないでしょうか。

もう1つ期待が持てるのは、若い人がグローバルになってきていることですね。内向きだと言われる時代がありましたが、最近はそれが変化し、ネットで常に海外の情報に触れていることもあって、国境に対するこだわりがない。よりグローバルに物事を考えられるので、ポテンシャルは非常に高いと思います。教育でサポートすれば、ぐっと浮かび上がる、飛躍してくれるのではないかという予感を強く持っています。

小、中、高、大学それぞれのレベルの教育で、社会のニーズにマッチし、世界を変えていけるような人材を育成し、社会や企業が受け入れ、活躍の場を提供する。そうした形を作ることが、持続可能な社会の実現と、日本の明るい未来につながると思っています。

撮影協力:東洋文庫
撮影協力:東洋文庫
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