カテゴリー 42021年採択

国立大学法人 筑波大学 社会・国際学群

対象者数 120名 | 助成額 120万円

https://www.tsukuba.ac.jp/

ProgramTSUKUBA社会国際学初年次チュートリアルプログラム
TSUKUBA Tutorial First Year Program in Social and International Studies (T-FEP)

 本プログラムは、社会国際学に関する大規模講義と少人数ゼミを有機的に連携させた新しいチュートリアル教育の構築を試みるものである。このプログラムに参加する学生は、講義への出席とその内容をベースとしたゼミでの対話を相互に繰り返しながら、進級後の専門教育におけるテーマ設定のみならず、将来のライフワークにもつながり得るような自らの問題関心を発見し、それを深めていくことができる。

 専門決定前の1年次生に対して、オムニバス形式で複数の教員が最先端の知見から学問の本質を伝える全8科目の講義を実施し、その履修者の中から募った希望学生を対象にして、各回の担当教員がそれぞれの講義内容を踏まえた少人数対話型チュートリアルを各講義別に設定し、各回の講義の終了後に毎週実施する。そこでは教員による個別指導だけでなく、学生同士のディスカッションも取り入れることで、相互の対話によって問題関心の幅を広げつつ、進級後の専門のテーマを探していくことが可能となる。

 このように本プログラムは、目まぐるしく変化する時代に対応する柔軟性を備え、多様性の尊重を普遍的価値とする対話によって問題の解決を主体的に探ることのできる21世紀型教養を備えた人物の育成を目指すものである。

レポートアイコン
活動レポートReport

大規模講義と少人数による対話を繰り返すことで、自分の問題関心を見つけ深めていく

 2023年に開学50周年、前身となる師範学校から数えて創基151年を迎える筑波大学。同大学が擁する10学群のうち、社会学、法学、政治学、経済学、国際関係学、国際開発学を担う社会・国際学群では、新たな挑戦として2021年度下期から「TSUKUBA社会国際学初年次チュートリアルプログラム(略称T-FEP)を開始している。

 T-FEPでは、200人規模の大人数講義と、15人規模の少人数対話型授業(チュートリアル)を、半期にわたって毎週、交互に繰り返す。本プログラムを統括する同学群長の土井隆義教授は、その意図を次のように説明する。「T-FEP受講者は、大人数の講義を受け、必要な知識をインプットします。その上で少人数授業に臨み、教員による個別指導に加え、学生同士のディスカッションを通じて、自らの興味・関心に応じた専門テーマを見つけ出し、次年度以降の専門的な学び、ひいてはライフワークへとつなげていきます」。

 学群長補佐を務める松島みどり准教授は、チュートリアル教育で知られる英国の大学で学んだ経験を踏まえて、その意義を語る。「日本の教育は知識のインプットが主体ですが、英国ではインプットした知識をもとにどう考えるかが重視されます。つまり教育の主眼が『知識』でなく『考える力』にあり、その力を教授陣との個別対話によって身に付け、磨いていくのがチュートリアル。正解が1つではない問いや、正解のない問いに満ちた社会で活躍できる人材を育む上で、チュートリアルの重要性が高まっていると感じています」。

 

T-FEPを受講した学生からは「各専門分野で活躍されている先生方との議論や、多様な背景を持つ学生同士のディスカッションを通して、いろいろな視点から物事を捉えられるようになった」との声が聞こえるなど、チュートリアルならではの学びが生まれている。

T-FEP受講者は、社会・国際学群が開講する多様な分野からなる8つのオムニバス形式の専門導入科目を通じて幅広い学びを実現。そこで得た知見をもとに、少人数の対話型授業で討議を重ねることで、自らの問題関心を見つけ、深めていく機会となっている。

“学びのミスマッチ”を解消し、学生一人ひとりの学びを最適化するチュートリアル

 T-FEPが導入された背景には、変化の激しい時代にあって、多様性を尊重した対話を通じて主体的に問題解決を図る「21世紀型教養」を備えた人材を育成するという狙いとともに、日本の大学受験制度が抱える課題があるという。

 「高校で受験勉強に専念してきた学生たちにとって、大学で学びたい領域をあらかじめ選ぶのは容易ではなく、入学後に自身の興味・関心と授業内容とのミスマッチが生じがちでした。社会が複雑化し、人生における選択肢も多様化するなかで、こうしたミスマッチが深刻化しており、その対策として注目したのが、少人数対話型のチュートリアルでした」と土井教授は説明する。

 同大学では、ミスマッチ解消を図るため、T-FEPに先立ち、2021年度から一年次生のみを対象とした「総合学域群」を新設。同学域群に入学した学生は、一年間にわたり広範な学部・学科を俯瞰して学び、二年次以降の専門を決定する。

 T-FEP初年度は、この総合学域群を対象に実施。2年目となる2022年度からは、全学科に対象を拡大したことで、新たな気づきが得られたという。「専門を決めずに入学した総合学域群の学生に対しては『やりたいことを見つけるために、対象範囲を絞っていく』というイメージでした。その一方で、一般の学群に入学した学生は、学びたい分野が決まっているので、かえって視野が狭い。むしろチュートリアルを通して、『こんな領域や学問もあるよ』と視野を広げ、学びたい分野を多角的な視点から見つめ直してもらう機会になっています」(土井教授)。

 そうしたチュートリアルの成果を物語るのが、実際に受講した学生のコメントだ。「チュートリアルを受講するまでの私は、途上国の教育開発に関わりたいとの思いから、専門科目として『国際教育』しか選択肢に入れていませんでした。チュートリアルを通じて多くの講義や討議を経ることで、その思いを実現するためには、より多くの分野の勉強が必要だと実感しました。今後はもっと多くのことに関心を広げられるよう、多様な分野の授業を積極的に受講していきたいと思っています」。

「T-FEPは教員にとっても学びの場、新たな気づきの機会になりうると考えています」と語る土井教授。「教員向け研修としてFD(ファカルティ・ディベロプメント)にも注力していますが、研修だけで教育能力はなかなか身に付かないもの。実際に学生との対話を経験することで、チュートリアルの意義や重要性を感じてもらえています。まさに“生きたFD”と言えるでしょう」。

「日本では、学生を評価する際に100点満点が基準で、知識が不十分であれば減点していく減点法。一方、英国では60点が基準で、あとはインプットした知識をもとにどう考えるかを問う加点法。どちらが良いとか一概には言えませんが、両者の利点をうまく組み合わせていきたい」と松島准教授は語る。

チュートリアル教育が全学化するなかで、T-FEPの新たな役割を見出していく

 筑波大学では、2022~2027年度を対象とした「第4期中期目標・中期計画」において、「学生の個性と能力を開花させる教育手法の確立」などの目標を掲げるとともに、その実現に向けて「学生の関心に沿った多様な学びを基盤に専門性を深めるチュートリアル教育を開始する」との方針を掲げている。

 こうした方針のもと、T-FEPには、初年次教育におけるチュートリアル方式の定着と、さらなる発展可能性を検証する役割も期待されている。「T-FEPをパイロットスタディとして、数年後にはチュートリアル教育を全学的に行っていくという方針があります。そのため、現在は様々な試行錯誤を重ねながら、より効果的なプログラムにしていくための知見を培っているところです。その成果を、やがてチュートリアル教育を担う他の学群にも波及させていくことが私たちの使命だと思っています」と土井教授は語る。

 一方で、土井教授はT-FEPに新たな役割を見出している。「他大学でも4年次は卒業論文に関してはチュートリアル的な指導が入っていると思います。当大学では今後、初年次には全学化したチュートリアル教育を実施しますが、そうなると4年次までの間の2・3年次の期間をどう指導するかがポイントになってきます。その期間のチュートリアルを担う役割を果たすのもT-FEPだと考えています」。

 研究に取り組む際には、その分野の専門知識だけでなく、多様な領域の知識や視点が必要になってくる。早くから専門性を絞りすぎてしまうと、卒業論文をまとめる段階になって、幅広い知識・視点が足りないということになりかねない。そのために、T-FEPを通じて2・3年次にしっかりと視野を広げていく仕組みを検討しているという。

 学生一人ひとりが、自身の学びに本当に必要な知識を習得できるよう、時にテーマを絞り、時に視野を広げさせることが、チュートリアル教育の役割だと、土井教授は持論を語る。「よく『個別指導』などと訳されますが、私は『個別最適』、つまり個々の学生の興味・関心を引き出し、それが広すぎれば焦点を絞らせ、狭すぎれば視野を広げさせるなどして、一人ひとりに最適な学びの領域を選択できるようにする指導法だと考えています」。

T-FEPでは、学生同士のディスカッションを充実させるため、学部生によるSA(スチューデント・アシスタント)を導入している。「受講者と年齢の近いSAを配置することで、共感性の高い対話を実現。受講者にとっては格好のメンターとなり、SAにとっても自身の学びを深める機会になっています」と松島准教授は語る。

毎期末における成果発表には、ポスタープレゼンに形式を採用、変更している。土井教授は「ポスターにまとめる段階で、自分の論理構成を可視化でき、その構築力を養うことにもつながっているので、今後もこの形式は続けていきたい」と確かな手ごたえを感じている。

ビデオアイコン
成果発表動画Presentation

一覧に戻る