Program未来成長分野開拓型再創業(Re-Startup)
アントレプレナー教育プログラム
本プログラムでは、アントレプレナーを「社会変革人財」と定め、M.ギボンズの提唱する「モードII」の学びを実践する。まず社会やグローバルな課題を設定し、バックキャスティングして専門を学び返すという従来の大学の学びを逆立ちさせる学びである。参加学生自ら、既存企業のコア・コンピタンス(強み)を分析、その後、そのコア・コンピタンスを用いた社会課題や、グローバル課題の解決に向け、当該企業の事業を再構築する過程で、破壊的なイノベーションを目指す当該企業の再創業提案を行う。
グローバル・ニッチ・トップの集積密度日本一という北陸の強みを生かし、「スタートアップ」教育ではなく、「リ・スタートアップ(再創業)」を目指す。既存企業の「軒先」を借りて「破壊的なイノベーション」を実践する「正統的周辺活動」としての「状況に埋め込まれた学習」を実現する。
活動レポートReport
「リ・スタートアップ」を目指すアントレプレナー教育
2021年4月、金沢大学に融合学域先導学類という新しい学部が設立された。既存ビジネス・市場等の構造を変革するような革新的な事業に携わる「社会変革人財」の育成を目的とした学部である。アントレプレナーシップ養成ではあるが、特徴的なのは「スタートアップ」ではなく「リ・スタートアップ」、つまり再創業を目指す点だ。再創業に着眼した理由は北陸の企業の特徴にあると、金沢大学の松島大輔教授は話す。「グローバルニッチトップ、いわゆるオンリーワン企業の集中度は、日本の中では富山・福井・石川の北陸が一番高く、100年以上続いている“老舗”も数百社あります。こうした再創業の可能性を持った企業の強みを学生がインターンシップを通して分析し、社会課題やグローバル課題の解決に向けて、再創業提案を行う。既存企業の軒下を借りて実践的な活動を行う点が、私たちの取り組む『リ・スタートアップ』の特徴です」。
松島教授は、融合学域先導学類の立ち上げから関わっており、2020年から北陸を中心にさまざまな企業に呼びかけて「産学融合研究会」を設立、現在は約100社が参加している。立ち上げたばかりの取り組みにこれだけの数の会社が参加していることに驚くが、「新型コロナの影響もあって企業の危機感は相当高まっています。何か動かなければと思ってもどうしたらいいかわからない、若い力を借りたいという企業が多い」と松島教授は話す。
「若い力」といっても学生には知見や経験値はない。それを踏まえたうえでの「わかもの、よそもの、ばかもの」としての視点から見た事業再構築・再創業を同大学では目指している。例えば紡績工場にインターンシップに行った学生が一言「うるさいですね」。紡績工場で騒音は当たり前という思い込みを崩し、最新技術を導入すれば静音化できるのでは、それが実現できたならば、人手を集めやすい町中で工場を構えることができる、紡績が発展途中の東南アジアでは町中の紡績工場のニーズがあるはずだと、どんどん構想が広がっていった事例もあるという。従来のインターシップと同じような受け入れ姿勢の企業とは調整が必要になるが、対話を重ねていくうちに理解してくれる企業がほとんどだと松島教授は話す。
経験値の少ない学生を後押しする「プロデューサー会議」
現在、同学類の一学年の人数は約60人。1年生は座学でマインドセットを行い、2年生は基本一人一社(規模の大きい会社の場合は複数の学生が参加)のインターシップに行き、360度あらゆる視点でその企業を観察し、経営者や社員と対話する。それを「コア・コンピタンス(企業の強み)シート」にまとめ、企業と共に“破壊的なイノベーション”を探り、実践に移していく。とはいえ、学生一人が考えることにも限界がある。実践を促す取組みとして頻繁に行っているのが、松島教授のゼミ生が企画している「プロデューサー会議」だ。学生が企業の強みについて発表し、それを聞いた「プロデューサー」たちが、新しい事業案やアイデア、ヒントを提案するというもの。「プロデューサー」は企業の社員や新聞記者、同大学の卒業生や3・4年生などさまざまで、ゼミ生が声がけして協力してもらっているという。「学生よりも経験値が多い大人が案を出し、本人はそれをともかく試してみる。8割は全然ダメなんですけど、2割ぐらいはすごいのが出てくるんです。またここで違う企業同士がつながれる可能性が見えてきて、実際にコラボした事例も出ています」と松島教授。学生にとっても、これまで気づかなかった見方や発想を直接ぶつけられることで、学びが大きいという。
学生に欠けている経験値をこうした取り組みで補いながら、企業と調整し事業化に取り組んでいく。松島教授は、事業化するまでに10年はかかるのではと想定していたそうだが、予想以上に企業側が学生と真剣勝負でスピーディーに対応し、リ・スタートアップからユニコーンを目指す、シン産業化として新たな産業をも生み出すステージに進んでいる。具体的には、リサイクル企業での新規事業や、学生が「触媒」となったことで石川県産品のASEANなどの海外販路の仕組みが構築されるなど、2023年末で起業が4社、再創業事例20件以上が具体化に向けて動き出しているという。
また3年生では海外留学が必須となっており、その留学先の企業や学生とも連携している。世界で初めてカニカマを開発した石川県七尾市の技術をタイなどの東南アジアで展開する、今回の令和6年能登半島地震で被災した地域の復興を念頭に、能登半島の観光資源を「Unseen JAPAN(まだ見ぬ日本)」として海外に紹介する等、さまざまな事業化が進められている。
学生が自主的に動く推進体制へ
前例がない新しい学部という環境、また松島教授の「偶然の出会いを大切にする」という考えもあって、本取り組みを推進する体制もユニークだ。先に述べた「プロデューサー会議」の他、企業と学生が交流する「企業寄席」と呼ばれるイベントも、ゼミの学生がを興す“筋肉”とそれをサポートする“筋肉”はトレーニングの仕方が違ううえに、両方揃わないと実践的なトレーニングができない。このゼミには、企業を興すプレーヤーになりたい先導学類の学生と、経済や法学等、違う専門知識を持ってサポートできる学生がいるので、一緒に育てることができるとだんだんと気づいてきました」と松島教授は話す。また1年生の座学の内容も、ゼミ生や3年生の意見を取り入れてブラッシュアップしているという。面白いと思ったことをで企画・運営している。このゼミは興味があれば、先導学類以外の学部の学生も受け入れており、現在40人ほどが所属。「会社きる環境、またそれを自律して実践・運営できる体制を学生自らつくりあげている状況だ。
北陸の企業を対象にしていた本取り組みは、2年目からは企業の対象を全国まで広げて「リ・スタートアップ」を進めている。「限定した地方だけで活動すると凝り固まってブレイクスルーが起きにくい。われわれが触媒になって本来接点がなかった各地の企業をマッチングする、そのようなネットワークを提供するのもわれわれの役割だと考えています」(松島教授)。前職の経済産業省では、日本と海外の企業をつなげ新たな事業を起こしていたという松島教授の知見と、主体的に動く学生、企業のニーズの3つが合致して、「リ・スタートアップ」という動きが北陸を中心に全国で始動し、徐々に成果を出し始めている。