Program「デザインの学び」の開発:今日の大学教育の中心をなす「知る」学びと芸術やデザイン分野で培われた「行う(表現する)」学びを編み合わせる営み
本学は2022年度より「デザインの学び」をスタートした。めざすのは「知る」学びを中心とする今日の大学教育に「行う」学びを復権し、両者を編み合わせる新たな教育プログラムの構築である。行う学びとは、学び手が関心の対象を自分で見える化・具体化・身体化する力、つまり人が本来もつ「表現する」力を取り戻すことである。この表現する(行う)力と説明する(知る)力を編み合わせる教育を「デザインの学び」と呼ぶ。
開発するのは「表現する(行う)」新科目群と、既存の「知る」学び中心の科目に「表現する(行う)」学びを編み合わせる連携科目群。それら学びのプロセスと成果を開示する「学びの展覧会」と、地域との共創を試みる「デザインキャンプ」である。
学び方の特徴は以下
① 学びを学内にとどめず、信州上田地域の豊かな「資源(もの・こと・ひと)」を学びのフィールドにする。
② 各科目の主題とフィールドに見出す素材を結びつけ、そこから新たな知見、メッセージ、産物、サービスなどを創作する。
③ それら「わかったことをやってみる」や「やってみることでわかる」体験から、学び手が自分で「問い」を立て、考え、形あるものごとにつくりあげる力を獲得する。
「知る・行う」を編み合わせる学びから、自分たちの社会を自分たちで「表現し・構想し・具現化(実践化)する」人材の育成が期待できる。
活動レポートReport
新たな挑戦に生まれる葛藤を乗り越えながら
2022年度からスタートした教育プログラム「デザインの学び」のコンセプトは、「知る」学びに偏る大学教育に「つくる、行う、表現する」学びを編み合わせること。同プログラムの構築をけん引するために2021年に着任したのが、須永剛司特別招聘教授、柿本悠准教授、岡村綾華専任講師のデザイン担当教師3人だ。須永、岡村両先生はデザインが専門で、柿本先生は経営工学が専門の実務家教員。専門と経験がそれぞれ少しずつ異なることがプログラムに深みを生み出している。
「デザインを学ぶ者にとって『つくる』行為は当たり前のことであり、そこに自覚と責任を持っています。でも本校の学生は自分が『つくる』側になれるとは考えておらず、常に受け取る側、『消費者』としてそこにいるんです。そのことに気が付きました。しかし、学生たちは自分たちの生活と社会を自分たちが形づくる人のはず。そこで、彼女たちがつくっていいんだ、つくれる、つくりたいと思える人に育てたいと考えました。当初はデザイン専科をつくる構想もありましたが、単にデザイナーを育成するよりも、つくる力を持った保育士や企業人、あるいは将来の親たちを輩出することが、大学の魅力をずっと高めると提案したんです」(須永教授)
とは言え「知る」と「行う」を一足飛びに編み合わせることは、学生にとっても、教師にとってもたやすいことではない。また、科目によって相性の良し悪しがあることも否めない。そこで初年度は、まず「表現・創作」にフォーカスをあてるデザイン「専修型」科目を設置することから始めた。その授業を履修した学生たちが学内に小さなデザインマインドの種を蒔く。表現し創作する学びを既存科目に編んでいく過程として、その教師とデザイン教師が共に編み合せを描く「協力型」、授業計画から実施まで共に行う「共同型」へと授業を広げていく。そこから既存の科目の教師が独自で展開する「自立型」科目が生まれるという構想だ。来年度には共同型科目が増えることを期待している。
「新たな試みに対して、学内に『葛藤』が生まれていることは確か。しかし3年目を迎え、「知る」と「行う」の編み合わせに多様な形が見えてきて、相互理解は徐々に進んでいます」(岡村専任講師)
編み合わせがどのように進んできたのか、幼児教育学科の酒井真由子教授はこう述懐する。
「これまでの教育手法では、次第に立ち行かなくなっているという思いが数年にわたりあって、初年度に3人の手法を自分の授業に少しずつ取り入れ始めました。学生の反応も確かめながら、昨年度は授業内容の組み立てにデザインの観点からアドバイスをもらい、今年度は授業自体にも参加していただく共同型を一緒に進めています。最も影響を受けているのは、科学的視点で見てきた教育現場に、つくり手がもつ「私」という視点が加わることの教育的な価値です。それに気づき面白さを感じています」
学びのフィールドは裏山から地域社会へ
「デザインの学び」の特徴の一つに、学びをキャンパス内に閉じず、そのフィールドが地域の資源や課題に広がる仕組みづくりがある。その一つが、学校の裏山を積極的に活用した「デザインキャンプ上田」だ。学生と教師はもとより、附属幼稚園の先生や園児とその保護者家族、地域の協力者などが山に入り、触れ、感じ、活動することで、「教室」とは異なる深い学びが生まれることを発見している。次第に立木の伐採など山の再生にも活動を広げ、地域の歴史や文化、その生態系にも興味の幅を広げつつある。また伐採木は乾燥させ、創作授業の素材として活用するなど、一つのフィールドからさまざまな学びが創出され得ることも確認している。
学びのフィールドは自然だけでなく、地域社会にも広がっていく。学生が地元の老舗和菓子店と協力してショッピングモールのイベントでオリジナル和菓子を出品する活動に伴走した柿本准教授は語る。
「事前の調整こそ行いましたが、その後の進展は学生に任せ、私は見守りました。さまざまなアイディアが生まれましたが、コスト面や衛生面で和菓子店の主人からダメ出しされます。そんな経験が学生たちを『どんな人が買うの?』『どんな人がイベントに来るの?』『私たちは何のためにやっているの?』という根源的な問いに向かわせます。そこで初めて、彼女たちに『行う』ことの責任と覚悟が生まれたのでしょう。私は経営の立場から、つくられた価値が誰にどう届くのかを意識してほしいと考えて、いつも学生に接しています」
地域社会との協働において大きな力になっているのが、同大学の「未来共創センター」という組織だ。ここは地域の人々と大学を有機的に結びつけるだけでなく、「デザインの学び」を始めとする大学のさまざまな活動を広く世間に周知する役割も担っている。「もう一つ大切な役割として意識しているのが、社会や企業が要望していることをキャッチアップして学校や先生に伝え、より良い学びへと導く手助けをするということです」と原山健一センター長は語る。
新たな学びづくりを支える「やって・みて・わかる」というセオリー
初年度から行われている活動に、「学びの展覧会」というプログラムもある。さまざまな教科で、学生が何を学び、どのようにその学びを手に入れたのか、教師はその学びにどのように伴走したのかを形にして展示するというものだ。「試験を行い授業終了ではなく、もうひとつ自分たちの『学び』それ自体を見える、読める形にして学内外に向けて展示・交換・共有する試みです」(須永教授)
言葉にするのは簡単でも、これはかなりの難題。実際、初年度に展示に漕ぎつけられた科目は片手に余るほどだったという。しかし、疑問を頭に浮かべながらも展示された学びを見ること、学生たちの語り話を聴くことで次第に参加する学生・教師・職員は増えてきている。まさに「わかったことをやってみる」のではなく「やってみることでわかる」という体験が展覧会の形を創り出している。
このように「デザインの学び」の思想は、授業だけではなく学内の組織的にも、少しずつながら着実に位置づけられてきている。その歩みについて須永教授はこう語る。「これは大学の新たな価値づくりという一大プロジェクト。誰もが納得できる形につくり上げるには、時間がかかることは覚悟しています。性急に進めるのではなく、当事者が主体となるよう十分に対話を重ねる。とは言ってもゆっくりもしていられない。大学が一体となって進められる体制づくりが不可欠だと考えてます」。
実は学生のほうが一足早く変化に対応し始めていることを、いずれの先生も感じているという。授業で「あなたはなぜそれをやりたいの?」という教師の問いかけに対して、とまどいを見せていた学生が、とつとつと応答するようになってきたというのだ。その理由の一つは、「デザインの学び」が浸透することで、学内に学生たちの「自分たちの学びづくりに参加していいんだ」という意識が育まれてきていることが挙げられるだろう。
もう一つの理由が、高校での「探究の時間」の成果だ。「知る」学びに「行う」学びを編み合わせる行為は、探究の学びにも相通じるものがあり、問いと応答を往復することの大事さを身につけた学生が増えているのかもしれないと考えられる。
上田女子短期大学は来年度から男女共学となり、上田短期大学に生まれ変わる。入学する学生が多様化することにより、「デザインの学び」づくりは、学生たちがリードする形で一層早く進行していくのかもしれない。