カテゴリー 52023年採択

名古屋大学 大学院教育発達科学研究科

対象者数 200名 | 助成額 917万円

https://www.educa.nagoya-u.ac.jp/

Program探究的な学びを通じて個性的で自立的な生徒を育成する教師の洞察力と構想力の育成

 高等学校における探究的な学びを持続的に発展させるためには、アクティブ・ラーニングを単発的・散発的に取り入れるだけでは不十分であり、あらゆる学習機会を通じて探究心を育てる土壌が不可欠である。生徒が主体的に問題を発見し解決する学習の機会をより多く取り入れることはもちろんのことであるが、それに加えて、知識伝達型の授業も含め、あらゆる学習場面において、生徒の内面における探究心を誘発するような教師の働きかけが重要である。優れた教師は、たとえ講義形式の授業においても、生徒自身の問題意識と学ぶ意欲を引き出している。重要なのは、生徒の「問い」を引き出す教師の「問いかけ」である。

 本プログラムでは、個性的で自立的な探究心のある生徒を育成するために、生徒の内面や教科の本質を洞察し、授業実践を構想する力のある教師を育成する。そこで、1)探究的な学びが実践されている場面を対象とした授業分析を行い、一人ひとりの生徒の変容プロセスを解明する。そして、2)探究を深める問いの質に着目しつつ、探究の学びを支える要因を解明する。さらに、3)これらの知見を総合し、教員研修や教員養成で活用できるプログラムを開発し、教材の提供と普及を図る。

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教員の洞察力と構想力が高校の授業を変えていく

  生物多様性について調べ、発表した生徒に対し、ある生徒から「動物園は動物愛護的にどうなんだろう」という意見が出る。それを機に生徒たちのディスカッションが活性化していく。教員たちはこの会話記録を読み、「なぜこの生徒は動物園について発言したのか」「生物多様性の発表と動物園はどう関連しているのか、あるいはしていないのか」「この生徒が動物園に強い関心を示した背景はどのようなものか」などについて考えていく。生徒の内側でどのような問いが生まれているのかを洞察する、名古屋大学大学院教育発達科学研究科が進めている教員向け研修の一部だ。

  同研修を開発した柴田好章教授は、「Society5.0における学校教育の在り方を模索する動きが加速化していますが、実は1990年代のSociety4.0の課題が積み残されています。いつでも、どこでも、どこからでも情報が手に入る時代になったことで、学校で教員から知識を教わらなくてもよくなった。では学校教育の価値は何かと問われたときに重要とされたのが、『今、ここにいる、私たちの学び』。つまり、納得感や充実感のある協働の学びへ変換する過渡期だったはずなのですが、この課題がクリアされていないまま、Society5.0の時代になってしまいました。改めて生涯にわたって『学ぶ喜び』を得る、生涯学習の基礎が学校教育であるという認識に立つ必要があると考えています」と話す。

 高校の教育では、改訂された学習指導要領が2022年度から実施されたが、主体的・協働的な学びは「総合的な探究の時間」内だけで、教科の授業ではなかなか浸透せず、アクティブラーニングも単発的・散発的な取り組みに終わっていることが多い。こうした現状を踏まえ、あらゆる学習機会を通して、探究心を育てる土壌が不可欠だ、と柴田教授は話す。「知識伝達型の講義型から、生徒が主体的に問題を発見し解決を図っていく活動型の授業へ変えていく必要があります。しかし、生徒のやらされ感が強い活動型授業もあれば、講義型であっても優れた教師の授業は生徒の問題意識と学ぶ意欲を引き出しています。重要なのは、教員が生徒の内面や教科の本質を洞察する力、そして授業実践を構想する力だと我々は考えています」(柴田教授)

名古屋大学が強みとする「授業分析」の手法を活用

  この教員の洞察力と構想力の育成において活用したのが、「授業研究(教員同士が実践の場を通して授業の指導法などを学び合う)」の手法の一つである「授業分析」だ。授業中の会話を逐語記録として残し、それを基に分析・考察を行い、科学的なアプローチをしていくもので、名古屋大学教育方法学研究室が長年取り組み、強みとしてきた分野だ。「『授業分析』は、戦後の社会科の教科を当時の文部省で作られたメンバーのお一人である重松鷹泰教授が名古屋大学に赴任された1950年代に始められました。その原点は戦中戦前の教育への反省にあり、民主的な社会では一人ひとりが自律していることが大事で、教員も自律的に自身の専門性を高めていく必要があると『授業分析』に取り組まれました」(柴田教授)

 柴田教授も長年この授業分析に取り組んできたが、授業研究は小中学校で行われることが圧倒的に多く、「15年前だったら高校で授業研究をするなど思いもしなかった」と柴田教授は話す。学校全体で研究テーマを持って組織的に動く小中学校と違い、先生個人の裁量が大きく、一人で授業を動かすことが多い高校では、授業現場で複数の先生たちで多角的多面的に研究するという風土がなかった。それが学習指導要領の今回の改訂の議論が始まった約10年前ごろから、コラボレーションとリフレクションの特徴を持つ授業研究が注目されはじめ、高校から柴田教授に授業研究の依頼がくるようになったという。そこで、名古屋大学教育学部附属高等学校をはじめ、魅力的な授業を展開している愛知県内の学校の協力の下、授業を観察し、映像・音声の記録をとり、これらのデータを基に教員研修用の教材開発に、2023年度から取り組み始めた。

教員研修でも鍵となるのは「学び合い」

  23年度は愛知県総合教育センターと連携し、8月、12月に3回、教員向け研修会を実施し、75名が参加した。冒頭で紹介したように、逐語記録を使ったプログラムでは、生徒の関係性や内面を考察したり、発言の一部を隠し「この時生徒はどのような発言をしたと思うか」を考えさせるような内容になっている。また「生物を観察し、その結果を共有して一つのデータを作り上げて分析するという授業で時間不足から必要な観察が終わっていない」という状況を想定し、この後、「A.無理に指導案に縛られずに、結果の考察は次の時間に回して、この場は観察をしっかり行う」「B.指導案に示した目標を目指し、不完全なデータのまま観察を打ち切って、結果の考察へ移る」のどちらかを教員に選んでもらう、もしくはどちらかの立場になってその理由などをディスカッション・ディベートしてもらうといったプログラムもある。「こうした状況はよくあることで、A・Bは正解でも間違いでもありません。重要なのは、教員がどのような根拠の下に意思決定をしたかということであり、特に大事なのはその場の生徒の納得感。せっかく生徒が取り組んできた観察を無下に終わりにしてしまうと納得感は減りますが、『足りないデータがあるけれども法則がありそうだよね、なんだろうか』と教員が問いかけることで、生徒の中に問いが生まれ、もっとデータが集まれば、こういう法則がありそうだと生徒の納得感が高まっていく。生徒と教員の信頼関係をベースに、こうした授業づくり、構想力が必要だということを研修参加者に伝えていきます」(柴田教授)

  この研修は、愛知県総合教育センターと連携して行っているため、小中学校の教員も参加しており、時には小学校の授業記録を使ったプログラムも実施している。高校だけに閉じない、多様性のある参加者という特徴も、研修の刺激の一つになっているという。参加者からは、「授業記録の分析については自分にはない視点・発見がありました」「授業記録をグループで分析し合うと、生徒の発言がどのようにつながっているのか、生徒がどのような意図で発言をしたのか、さまざまな見方をすることができて勉強になりました」「子どもの学びの姿から授業について語り合うことの大切さを、実感を伴って学べました」といった感想が見られた。「一つの教材を通して、子どもたちが自分はこう思うと意見を言い合い、違う意見が出てきたらなぜ違うのかというところを起点に学び合いが生まれるのが授業だと参加者の皆さんには伝えています。教員研修も全く同じで、単に講師の考えを持ち帰るのではなく、参加者同士でお互いの考えを述べ合い、そこから学んだことを自分の授業改善につなげていってほしいと考えています」と柴田教授は話す。

 24年度に向けては、事例を増やしつつ、開発した教材の一部を本やWebなどで発信していくことも検討しているという。また教員が自らの授業の洞察力を評価し、振り返りながらさらなる向上を図れるような、評価基準や測定手段の開発にも取り組みたいと、柴田教授は意気込む。長年名古屋大学で培われてきた「授業分析」の知見を、どのように高校教員養成プログラムに活用していくのか。進展が期待される。

 

教員の洞察力と構想力の育成を図る研修で講師を務める柴田教授。

授業研究と同じように、映像と音声で記録。研修参加者の反応をデータ収集し、それをもとに研修プログラムの評価・改善に取り組んでいる。

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