カテゴリー 42021年採択

関西学院大学 ハンズオン・ラーニングセンター

対象者数 940名 | 助成額 300万円

https://www.kwansei.ac.jp/c_hl

Program多拠点型の高等教育OSプログラム
~ハンズオン・ラーニング・プログラムの構築~

 ハンズオン・ラーニング・プログラム(HoLP)は、単なる体験学習やフィールド型の学習プログラムではなく、私たちが行っていることそのものに「触れる」ことを目的とする、非常に汎用性の高い教育プログラムである。

 社会とは何か、大学とは何か、専門とは何かといった「問い」に始まり、それが「問う」に値するかを問い、考えることそのものを研ぎ澄ましていく。学生は、専門性を身に付けるための構えを身に付け、専門性を「活かせる」ようになる。

 HoLPそのものは非常にシンプルな考えに基づいているが、その運用や現場での実践においてはマニュアルやガイドに還元できない高度な「スキル」が要求されるため、学生、教職員をはじめとして、コーディネーターや受け入れ先(企業や団体、地域)との「学び合い」が必須となる。

 学内外の関係者「と共に」、大学という組織を超えた「多拠点型高等教育プログラム」を構築していく。

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高等教育の基盤となる「学ぶ力」そのものを身に付けるラーニング・プログラム

「大学教育を根底から変えていく起爆剤となるプログラムを開発してほしい」との要請を受け、木本浩一教授が関西学院大学に着任したのは2016年のこと。翌年にはハンズオン・ラーニングセンター(HoLC)を開設、木本教授が独自に開発したハンズオン・ラーニング・プログラム(HoLP)の提供がスタートした。

 HoLPでは、「キャンパスを出て、社会に学ぶ」をキーコンセプトに、学生たちが地域社会などの現場に触れながら、インプットとアウトプットを繰り返す体験を通じて、大学での学びの基盤となる「知的基礎体力」を身に付けていく。その狙いは、大学における高等教育のOS(オペレーティングシステム)を刷新すること。コンピューターに例えれば、個々の授業はアプリ(アプリケーションソフト)、HoLPはそれらを動かすためのOSに当たるという考え方だ。

「HoLPでは、『OS的思考』を身に付けていきます。直接触れる機会がなく、その存在を意識することがないOSについて考えるのは容易ではなく、まずはそうした姿勢や意識を身に付ける訓練が必要になります。例えば地球環境について考えるときも、温暖化や気候変動といった個々の課題のみを意識しがちですが、それで真の課題解決になるのか、解決した先に何があるのか、その根本にある地球に触れながら考えていこうというわけです」と木本教授は説明する。

 現在HoLPは、「考える」そのものを鍛えるコア科目の社会探究「入門」、フィールドで普遍的なテーマを考える「実習」、地域と共にコミュニティ・ガバナンスを考える「演習」に至る一連の「社会探究」科目、さらにはハンズオン仕立てのインターンシップ「ハンズオン・インターンシップ(HoIS)」、海外でのハンズオン科目「ハンズオン・ザ・グランド(HoG)、そしてHoLPの最上位に位置付ける「ハンズオン・アドバンスト(HoA)」と大きく六つのプログラムが用意されている(下図参照)。HoLPの基本的な考えやスタイルを学び、考える力や問題を設定する力を身に付けるプログラム構成となっている。

 

「高校までの学びは、与えられた問題を『解く』ことに主眼を置いているが、HoLPはその問題にどんな意味があるかを『考える』ことに主眼を置く、いわば『考える力』を鍛えるプログラム」と木本教授は語る。「言い換えれば、『深く学ぶ』のではなく、『深く学ぶとはどういうことか』を理解し、実践できるようになるのがHoLPの目的です」。

現在のHoLPの構成。フィールドワークの協力先は全国各地で開拓中だ。

HoLPのフィールでは北海道から沖縄まで全国に跨がる。大学のある兵庫県で行われる「演習」は神戸市・灘区、丹波篠山市・今田で、「実習」は瀬戸内海の離島・豊島(香川県)、世界遺産のある石見銀山・大森(島根県)、海軍兵学校があった江田島(広島県)で実施。また、特別プログラムとして平和学特別演習「ヒロシマ」や原発問題特別演習「福島」などもあり、地域社会に直接、触れながら考える探究を展開。地域コミュニティとの対話や、学生同士のディスカッションを通じて、問うべき課題を自ら設定し、考える力を磨いていく。

社会探究実習(広島・江田島平和FW)の一環として行われた、「平和」をテーマとした広島県立呉三津田高校、廿日市高校、島根県立隠岐島前高校との意見交換会。関西学院大学の学生17人がテーマをあらかじめ提示し、その中から高校生たちは自分の関心のあるテーマを選んで意見交換を行う。日本国憲法をテーマにしたこのクラスでは、米軍は日本にとって安全を守ってくれる存在になるのかについて、学生と生徒同士で活発に意見が交わされた。

HoLPでの体験が、学生たちの「学び」に対する姿勢や意識を変えていく

「HoLP は知識やスキルを身に付けるための学習プログラムではなく、『学ぶとは何か』『問うべき問いは何か』を探究するラーニング・プログラム。扱う課題の抽象度が高いゆえに、汎用性に優れたプログラムですが、学生たちにとっては一見何を学ぶのか分かりづらいという側面もあります」と木本教授は語る。

 では、実際に受講する学生たちは、HoLPをどのように捉えているのだろうか。「学びを評価するのは、学ぶ当人にしかできないこと。学生自身が、自分のモノサシで評価し、自分の言葉で語るべき」という木本教授の言に従い、学生たちの声を聞いてみよう。

 文学部4年生の貞岩しずくさんは、HoLPを学ぶために同大学を選んだという。「私は広島生まれの被爆三世で、今も身近に被爆のために苦しんでいる人がいます。『ヒロシマ』をキーワードに核廃絶運動が広がっているものの、実際の被ばく者の苦しみが置き去りにされていると感じていたところ、課題の根源に触れながら学ぶHoLPの存在を知り、この大学で学びたいと思ったのです」。HoLPを通じて多くのフィールドに触れた経験は、自身が生きる社会の幅を広げると同時に、社会に対する視野を広げることにもつながったという。「仲間との対話や議論を通じて、自分の考えを言葉にするとともに、異なる視点からの意見が得られることで、1人で考えているだけでは見えなかったことまで気づくことができました」と貞岩さんは充実した学びを振り返る。

 一方で、「はじめは木本先生の話している意味がまったく分かりませんでした」と振り返るのは、総合政策学部4年生の池浦一樹さん。HoLPについての予備知識はなく、「平和」というテーマに興味を持って受講したところ、自ら問いを設定するという体験したことのない授業に戸惑いつつ、高校までとは違う学びに喜びを感じていったという。HoLPを通じて大きく変わったこととして、池浦さんは「言葉選びの緻密さ」を挙げる。「よく『課題を見つける』とか言いがちでしたが、木本先生から『見つける』だと、すでにあるものの中から選択するだけで、自分で考えたことにならない、『課題を設定する』と言うべき、と指摘されました。そうした経験を繰り返すことで、常に一つひとつの言葉を意識しながら対話するようになりました」。

 この両名は現在、4年間の経験を活かして後輩たちの学びを支援すべく、ラーニング・アシスタントとしてHoLPに関わっているが、そこでも「わかりづらさ」を痛感しているという。「与えられた問いを解く勉強しかしてこなかった学生は、自ら問いを設定するといわれても、なかなか考え方を切り替えられません。それは学生自身の問題というより、教育内容の問題ではないかと思います」という池浦さんの言葉には考えさせられるものがある。

「ヒロシマの記憶の継承」という彼女なりのテーマをもって「平和とは何か」を探究した貞岩さん(写真右)。その学びは、HoLPを通じて出会った胎内被爆者の手記を英訳し、世界に伝える活動につながっている。卒業後はHoLC職員として、引き続き「学ぶ力」を鍛えながら、後進の学びを支援していくという。

卒業後は小売業への就職が決まっている池浦さん。「地域から愛される店舗や売り場をつくるには、地域の方々との対話を通じて、取り組むべき課題を設定することが求められます。HoLPで培った経験を実際の社会で役立てていきたいですね」と語った。

大学という枠組みを超えて学び合う「多拠点型高等教育プログラム」への展開

 提供開始から6年、同大学内におけるHoLPの存在感は高まり続けている。導入当初はアクティブラーニングやPBL(課題解決型学習)との違いが理解されず、定員に満たない状況だったというが、受講した学生たちの口コミで、その評価が学内外に広がり、近年では同大学のシンボリックな存在になりつつあるという。

 今後、HoLPのあり方について、木本教授は「多拠点型高等教育プログラムへの展開を図っていく」と語る。もともとHoLPは「キャンパスを出て、社会に学ぶ」というコンセプト通り、地域社会に生きる学外協力者との連携のもとに展開してきたプログラムだが、木本教授が目指すのは、「協力を依頼する」という形ではなく、学外協力者も巻き込んで、それぞれの立場から考え、対話するという「学び合い」の場にしていくこと。これこそが大学という枠組みを超えて、地域コミュニティや企業、自治体など多くの関係者と「ともに学ぶ」、多拠点型の高等教育プログラムに他ならない。

「高等教育を個々の大学に縛られない多拠点型に発展させていくことが、『学びのある社会』の実現につながっていくと私たちは考えています。そのためには、『考える力』の大切さや、その学び方、活用の仕方を、学内に限らず広く社会に浸透させていくことが重要になります。HoLPを受講した卒業生たちが社会に出て、ここで学んだことをそれぞれの立場で発揮していくことが、そのための大きな推進力になるでしょう」と木本教授は話す。実際、貞岩さんや池浦さんなど、修了生が中心となった組織づくりも進んでいるという。大学の枠を超えた高等教育の浸透は、これから社会に出ていく学生たちによって実現されていくことだろう。

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