Program「基盤教育センター」構想
-全学共通科目の見直しによる新しい教養教育の実践
上智大学は、2022年度より「基盤教育センター」を立ち上げ、全学共通科目を体系的に整備し、「自律した学修者」を育てるカリキュラムを構築する。未来を展望し、課題を認識し、「正解のない問い」について自らの頭で批判的に考え続ける力を養成するため、全学共通科目に、課題への気付きと学びの動機を与える1年次の導入的科目から高学年科目までを配置し、専門と教養科目との有機的連携を図る。
本学の伝統であるキリスト教ヒューマニズムに基づく深い人間教育をコアとし、現代的課題に対応する批判的思考とデータを含むリテラシー教育を強化するとともに、各学科の専門領域を縦に積み上げ深化させ、それと並行し全学共通科目で横串を刺していく組み立ては、本学の特色や伝統を生かした本学ならではの教養教育である。
活動レポートReport
全学共通科目を体系的に整備、自立した学修者を育てるカリキュラムへ
上智大学では2022年度から新しい全学共通科目のプログラムが本格始動した。2017年から全学共通科目の見直しを始め、2021年に新しいプログラムを運営する組織・基盤教育センター(教員 25人(うち兼任4人)・職員 7人)を立ち上げ、検討を重ねてきた。
大きな特徴の一つが、通常は1・2年生で終えることが多い全学共通科目を、入学前から4年生に至るまで受けられるように体系化した点だ。入学前の「学びを学ぶ」科目では、3月からオンデマンドで大学の歴史や建学の理念、教育の精神を伝えるとともに、留学や学修機会を紹介し、4年間の自分の学びを俯瞰できるようにする。与えられた学びではなく、自分でどのように学びを組み立てていくか、自主的かつ自律的な学びへの意識を持たせることを目的としている。
そして入学後には、コアとなる学びとして「キリスト教人間学」と「身体知」の二つのカリキュラムからなる『人間理解』と、「思考と表現」「データサイエンス」のカリキュラムで構成される『思考の基盤』、そして1年次の「課題認識」・2~3年生の「社会展望と課題」「視座」「実践・経験」からなる『展開知』を配置した。(下図参照)
「キリスト教人間学」は上智大学の教育精神“For Others, With Others(他者のために、他者とともに)”をベースに、宗教性や倫理性などの問題への意識を持たせることを目的としている。また「身体知」ではバーチャル化が進む中で、改めて身体性に注目し、体を動かしたり、リアルなディスカッションを行う。精神性と新体制の両面から人間について考えさせるこの二つは既存の内容を進化させたものになっているが、「思考と表現」「データサイエンス」は全く新しいカリキュラムとして今回導入した。
これからの時代に必須のリテラシーを学ぶ基礎教育
「思考と表現」では、クリティカル・シンキングの基礎として、文献を読み、問いを立て、人の意見を聞き、考え、表現するまでの一連のプロセスを経験する。基盤教育センター長を務める大塚 寿郎教授は、「これまで1年生の必修科目として論文の書き方はありましたが、それに至る前のプロセスを学生に学んでもらう必要があるのではという課題認識の下、設置しました」と話す。授業では、文章を書き、それを学生同士で共有し、クリティカル・シンキングの視点を入れながら講評し合うというプロセスを繰り返していく。同カリキュラムを担当する中野 遥教授は、「最初に5分間のフリーライティングの時間を設けており、その時に点呼を取っていたのですが、学生たちから『ライティングに集中したいので点呼は別で取ってほしい』という声が上がってくるほど、ライティングに対する学生の意識は変わってきました」と話す。受講した学生からも「最初は自分の意見や考えを否定されるのではと思っていましたが、みんなの意見が結局は自分のためになるということが分かってきて、素直に聞く姿勢を学ぶことができました」「自分と全く違う視点があること、これまで自分一人だけの考えで決め付けてきたことが分かった」という声が出てきているという。
「データサイエンス」に関しては文系の学生が多い同大学の特性を踏まえ、1年次ではデータを読み解く力を付けさせる内容になっている。「クリティカル・シンキングを意識したライティング、データサイエンスはこれからの時代に最低限必要なリテラシー。その基礎を1年次で学び、希望する学生には2年次以降に文系理系関係なく、さらに高度な内容が学べるように設計しています」と大塚教授は話す。
この新しいカリキュラムについては、本格始動前の検討期間中から一部の教員に協力してもらい、コンセプトから一緒に練っていったという。現在、「思考と表現」は7人、「データサイエンス」は3人の教員で展開しており、定期的に進捗会議を設け、進捗を共有している。「大まかなスケジュールは同じですが、教え方や教材は各教員の裁量に任されています。それぞれの先生の専門性を生かされた授業内容や評価の観点などは、私自身も勉強になって刺激を受けています」と中野先生が話すように、横ぐしを通しつつ、試行錯誤を重ねながらその内容の充実化を図っている。
『展開知』では、多角的な視座とアプローチの習得を目的に、2022年度は「環境」をテーマに、経済・科学・政治・哲学的な視点を習得するオンデマンドによる輪講を実施。2年次以降は、経済・歴史・文学といった学問的なアプローチや視点をテーマにした「視座」、社会的な課題を取り上げる「社会展望と課題」、インターンシップ科目などの「実践・経験」を受講できるようになっている。
全学共通科目と専門科目との連携を強化
今回、上智大学がここまで大きく全学共通科目を見直した背景として、大塚教授は「急速な社会変化」を挙げる。「大学4年間で学んだ知識を社会で生かしていく、というのがこれまでの教育の在り方でしたが、今は大学で学んだ知識もあっという間に古くなってしまう時代です。新しいものと対面したとき、あるいはどのような新しいものが訪れるのかを予測しながら、『学び続けていく力』を学生の中に養っていくのが大学教育の務めではないか。この考えを柱に、学科科目との連動を意識して見直しを図ってきました」(大塚教授)。本取り組みの初年度だが、1年生からは「データサイエンスで学んだ経済学の知識、Excelの使い方は、実験レポート作成時にとても役立っている」(理工学部学生)、「キリスト教人間学で学んだことが、専門科目でも出てきて、さまざまな分野や視点から学ぶことの重要性を実感した。レポートを書くときも多角的な視点、批判的な思考を意識している」(外国語学部学生)という声が出てきているという。「今、全学部の学部長、学科長に、学生たちにどのようなインパクトが出ているのかヒアリングを行っています。きちんとした成果はこれからまとめていく予定ですが、一部の先生からはすでに生徒の変化を感じているという声をもらっています」と大塚教授が話すように、学生・教員ともにこの全学共通科目の手応えが出始めている。また「『身体知』で学んだおかげで、自分自身の体の変化に細かく気付くことができ、疲労回避やストレス低減につながっている」(経済学部学生)など、学生のQOLにも影響を与えている面も見られる。
本取り組みのPDCAを回すとともに、来年度に向けて、学生が自分の学びのプロセスを可視化できるポートフォリオのシステム導入について検討を進めている。「この取り組みの目的は、自律した学修者を育成することにあります。入学前に立てた4年間の学習目標を見直したり、自分の目標に何が足りていないのか、次に何をすべきかという意識付けに活用してもらえるツールを目指しています。学びの機会は授業だけでなく、留学やインターンシップ、アルバイトの中でもあります。基盤教育センターだけでなく、学生センターなど大学内のさまざまな部門を巻き込みながら、ポートフォリオを設計していきたいと考えています」(大塚教授)。
上智大学は総合大学としては珍しく、全学部が一つのキャンパスに集まっており、その特徴が、全学共通科目と学科科目との体系化、全学生を対象とした統一的導入科目の設置、また学生生活全般を網羅したポートフォリオの設計を可能にしたとも言える。本取り組みは、2022年度に本格スタートしたばかりだが、5年の歳月をかけて大学の強みを掘り下げ、準備を進めてきた改革が徐々に実を結んできている。