Program「グローバル・シティズンのための101のコンセプト」
~VUCA時代におけるアクティブ地球市民育成プログラム~
2001年創設の清泉女子大学文学部地球市民学科は日本で唯一の地球市民学科として、グローバルな視野を持って地球社会のために行動できる「地球市民(Global Citizen)」の育成に注力している。学科創設20周年に当たる2021年度から、VUCA時代※にアクティブに活躍できる地球市民を育成することを念頭に、思考と実践の「型」の習得、プロジェクトによる実践、JICAメソッドによる外国語教育、データサイエンス教育、きめ細かな指導などから成る新たなプログラムを開始している。
正解のない時代にあっては、汎用的な思考と実践の「型(コンセプト)」を習得することが重要である。そこで従来の学問領域の壁を取り払い、①批判的思考力、②創造的思考力、③人間関係構築力、④情報発信力から構成される「グローバル・シティズンのための101のコンセプト」を抽出し、地球市民学を構成するメディア・社会、開発・環境、文化・宗教、平和・対話、ビジネス・人的資源といったテーマに関連する「事例(コンテンツ)」を用いながら、コンセプトの理解を促進する授業を行っている。高等教育のカリキュラムを「コンテンツ・ベースド」一辺倒のものから、「コンセプト・ベースド」とのハイブリッド型にした極めてユニークなプログラムである。
※ Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の四つの単語の頭文字を取った造語
活動レポートReport
「コンテンツ・ベース」から「コンセプト・ベース」の授業へシフト
専門的な「コンテンツ」を習得する前に、初年次段階で「コンセプト」を習得する。清泉女子大学文学部地球市民学科では、このユニークなプログラムを2021年度からスタートした。コンセプトとは、汎用的な思考と実践の「型」を意味する。同学科が設定したのは、「グローバル・シティズンのための101のコンセプト」。批判的思考力・創造的思考力・情報発信力・関係構築力と大きく四つのカテゴリーに分かれ、例えば批判的思考力としては「認知バイアス」、創造的思考力では「デザイン思考」、情報発信力では「身体表現」、関係構築力では「レジリエンス」などのコンセプトが設定されている。
同学科の安斎 徹教授は、「2001年に設立した日本で唯一の地球市民学科が20周年を迎えるに当たり、VUCAの時代にアクティブに活躍できる地球市民をどう育成していくかを教員で検討した際に注目したのが、米国ミネルバ大学の教育方法でした」と話す。同大学は世界最高峰の大学の一つとして知られ、校舎はなく、学生は世界中を旅しながらオンラインで学ぶ。授業の課題に対して事前に予習をし、グループディスカッションなどを通して、学びを深めていくというアクティブラーニングを取り入れている。『世界のエリートが今一番入りたい大学ミネルバ』(ダイヤモンド社刊)の著者である山本 秀樹氏を顧問に迎え、ミネルバ大学モデルを研究し、カリキュラムを開発。地球市民学科独自のコンセプトを取り入れながら、101のコンセプトを編さんし、2021年度から1年生必須の「基礎概念」授業としてスタートした。
教員にとっても新しい視点が得られる授業
2023年1月中旬、「基礎概念」授業も残り1回となったこの日に取り上げたのは、関係構築力の「共有地のジレンマ」「利他の精神」「参加」の三つのコンセプト。同学科の鈴木 直喜教授は、最初に今日の学習目的を「社会的公共財であるために不公正が行われるケースを認識し、短絡的利益でなく長期的な視点に立って行動する思考習慣を育む」と伝えた。事前教材として学生が読み込んできたのは、1993年に制定された神奈川県真鶴町のまちづくり条例「美の基準」を取り上げた記事。この「美の基準」によって、当時全国で行われていたリゾート開発からは一線を画し、今も町は昔ながらの素朴な景観を保っている。学生たちはこの記事をあらかじめ読んで疑問や感想を書き込み、授業の前半では鈴木教授がそれらを取り上げ、学生たちと対話を重ねていく。次に、①神奈川県真鶴町の「共有地のジレンマ」はどのようなジレンマで、守った「公共財」とは何か。なぜこの町は30年間変わらなかったのか。考えられる仮説を「利他の精神」や「参加」を中心にまとめてみる、②「美の基準」のような条例を守っていくために、政治家や開発事業、地元住民にはどのような説得が有効だと思うか。三つのコンセプトを使いながら、ポイントを箇条書きで上げてみる、の2点についてグループワークを行った。授業の内容は、社会人の研修で実施してもなかなか意見が出ないと思われるレベルだが、10カ月間、コンセプトの授業を受けてきた学生たちは活発に意見を出し合い、発表している。
安斎教授は、「正直コンセプトの授業は大学の1年生には少し難しいかなと思っていました。しかし、実際始めてみると学生たちはしっかり付いて来てくれましたし、われわれ教員も学生に教わることが多く、楽しんで授業を行っています」と話す。例えば公平と平等について取り上げた際には、「鉄道の自動改札機は多くが右利きの人用に作られているが、全人口の10%を占める左利きの人用にも作るべきか」という事例について、「そこまで配慮する企業はまだまだ少ないのでは」「ターミナル駅は作るべき」などの意見が出た。さらに一歩進んで、技術面で解決できるのではないかという意見が出、顔認証を入退室に使っている施設などの事例をその場でリサーチし、ディスカッションが盛り上がったという。「自動改札から話が発展して、われわれも気付かなかった新しい視点を得ることができました。またコンセプトの授業に相応しい事例を探すために、教員の情報収集のアンテナも感度が高くなっていると思います」(安斎教授)。
日常の中の「実践知」として根付きつつある101のコンセプト
2022年度は2年目の取り組みとなったが、学生にはこの「コンセプト・ベース」の授業は、どのぐらい浸透しているのだろうか。授業を受けた前後の変化を学生に聞くと、「これまでマスメディアやネットの情報をうのみにすることが多かったのですが、批判的思考力に関するコンセプトを学んだことで、テレビで紹介されているアンケートなどを見ても客観性・正確性において何が欠けているのかという視点で見るようになりました」(佐藤 瑞穂さん)、「『“情報の質”が欠けてない?』など、友人との日常の会話にコンセプトが自然に出てくるようになりました。基礎概念を学んで自分の考え方が広がったことを実感しています」(原田 葵さん)、「どのようにしたら相手に情報が伝わるのかをテーマにした『聴衆』というコンセプトを意識しながら、発表するようになりました。これまでは人前での発表が苦手だったのですが、今では怖くなくなり自信が持てた気がします」(前田 ひよりさん)など、コンセプトを自分のものにし、「実践知」として日常の中で活かしている学生がいることがわかる。
安斎教授は、「地球市民学科の狙いは、卒業するまでに社会が抱える課題を、自分自身に関係がある身近な問題として理解し、他者と協働しながら具体的な解決策を探究し、アクションを起こすこと。この目的に向けて、2年次以降はフィールドワークやプロジェクトなど教室を飛び出す会が格段に増えていきますが、1年次に身に付けたコンセプトはその探究の過程や現場での実践に必ず役に立つツールとなるはずです」と話す。
従来の「コンテンツ・ベース」の教育から「コンセプト・ベース」の教育への転換が実現できた要因には、地球市民学科がもともと特定の学問分野を扱うのではなく、複数の分野にまたがる「学際的」な視点からの学びを行っていたこと、また教員の資質とバックボーンが影響していると考えられる。NGOに所属してアフリカで活動、新聞記者として各国で取材、フィリピンで文化人類学を研究していたなど、同学科に所属する6人の教員のキャリアは、国際性・多様性に富んでいる。安斎教授も大手信託銀行に長年勤め、国内外で経験してきたビジネスの視点を授業に反映している。「コンセプト・ベースの教育の実践においては、学部や学科が一つの『チーム』となってプログラムを動かす必要があります。地球市民学科は教員が6人と少人数であること、またお互いの専門性やキャリアを尊重する風土があったからこそ、『チーム・ティーチング(複数の教員が役割を分担し、協力し合いながら指導計画を立てて指導する方式)』の体制が実現できたと思います」(安斎教授)。
ミネルバ大学の教育方法は、世界中で注目されていながらも、型破りな教育体制と教員の資質などから、日本では実現が難しいとされてきた。地球市民学科の「101のコンセプト」は、その先入観に挑戦し、我が国における大学教育の可能性を切り拓く取り組みと言えよう。
三菱グループサイト ”mitsubishi.com”にて紹介されました。
https://www.mitsubishi.com/ja/profile/csr/philanthropy/interview19/