Program「主体的・協働的な学び」を実践する教員養成のための指導主事(教員)研修
学び続ける教師こそが「生徒の心のエンジンを駆動する」ことができる。
教師が自ら主体的に学び続ける「アクティブラーナー」となるための研修を、指導主事自ら設計可能な状態にすることを目指すとともに、地域での波及効果を促進し、普及・定着を支援するプログラムを実施。
全国から高校の指導主事および高校教員を募り、対話を通して生徒の主体性を引き出し、深い学びを実現する教員を育てられるようになるための研修プログラムを、対面・オンラインの組み合わせで約4カ月のスケジュールで実施する。
指導主事自ら正解のない問いに対して探求的に向き合い、理論を学び、チーム単位で「教員向け研修」を開発する。また全国の指導主事、教師が広範に交わり、学び合うことで、エリアを超えたラーニングコミュニティーが形成され、志を同じくした仲間と生涯にわたり、つながり学び合いが続いていく関係性の構築を目指す。
本プロジェクトに参加した指導主事や高校教員24人が、獲得した教育技法をそれぞれの地域に持ち帰り、その先にいる数十人の先生に対して研修を実施することで、乗数的かつ永続的な波及効果を期待する。
活動レポートReport
子どもたちと接する「先生」ではなく、「先生の先生」を対象としたプログラム
一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブ(TI)は、探究学習の先駆者的存在として知られる教育と探求社の代表取締役・宮地 勘司氏をはじめとする5人の発起人により「先生こそが真に未来をつくることができる」をスローガンに誕生した。発足以来、その名の通り教員向けの研修プログラムを実施してきたTIだが、2021年度から新たに指導主事向けの研修をスタートさせた。指導主事とは、全国の教育委員会において、各地域の教員の育成・指導を担う存在。いわば“先生の先生”をターゲットに加えた理由は、大きく二つあるという。
「第1の理由は、ソーシャル・インパクトを大きくするため」と語るのは、研修デザインを担当する福島 創太氏。「私たちが目指すのは、地域や私立・公立を問わず、全ての子どもたちに広くあまねく豊かな学びを届けること。もともとは教育と探求社を通して子どもたちに直接、探究学習を提供してきましたが、子どもたちが過ごす時間はそれ以外の時間の方が圧倒的に多い。そのため、探究学習を通して教員が子どもたちに届ける学びをより本質的なものにするとともに、それ以外の時間においても子どもたちの主体性や創造性を今以上に育んでいけるようTIを立ち上げ、教員向けの新たな学びの場をつくりました。とはいえ、私たちが教員一人ひとりと出会い、学びの機会を設けていくには相応の時間を要します。そこで、教員に対する影響も大きく、そもそも『現場の教員に学びを届けること』を使命とする指導主事にアプローチすることが有効だと考えたのです」。
第2の理由は、指導主事が抱える課題を解決するためだという。教員には教室という場や指導要領というマニュアルが用意されているが、指導主事には教員を指導するための具体的な仕組みや指針がない場合が多く、独力で構築する必要がある。一方で、これは教員にも言えることだが、指導主事自身に探究学習や「主体的・対話的で深い学び」といった昨今求められる新しい学びを受けた経験がなく、その本質を体感できていないのが現状だ。そこで、まずは指導主事に主体的・協働的な学びを経験してもらう場を提供し、そこで得た学びや、つくりあげた研修を担当地域の教員、ひいては子どもたちに波及させてもらう。そうした狙いの下、指導主事向け研修をスタートさせた。
7パートにわたる研修が、指導主事自身の「心のエンジン」を点火させる
指導主事研修は、大きく七つのパートから構成される。まずは、2泊3日の「①キックオフ合宿」において、参加者同士が教師を目指した原点や、培ってきた教育観、ビジョンなどについて語り合いながら、主体的・協働的な学びを体験する。続く「②ラーニング・デザイン・セッション」は、オンラインによる1日のセッションで、キックオフ研修の成果を言語化しつつ、「問いと対話で学びをつくる」を実践する場となる。
その後は3カ月にわたり、教育に関わる先端知識をテーマとした「③オンラインセミナー」の受講と並行して、少人数のチームによる「④ラボ開発」で教員向け研修プログラムの開発に取り組む。各チームが開発したプログラムは「⑤ラボ発表会」で披露され、参加者同士で互いに実践・体験しながら感想をフィードバックし合って学びを深めながら、研修プログラムに改善が加えられる。
その成果を「⑥担当地域の教員たちに実践」してもらい、結果や反響などを参加者同士がオンラインで共有し、さらに学びを深めたうえで、「⑦結果報告シンポジウム」での最終発表が締めくくりとなる。
初年度となる2021年度は、9月から翌3月にかけて実施し、全国から12人の指導主事が参加した。残念ながら、コロナ禍のため参加人数が当初目標を下回り、対面予定のパートもオンライン実施となったが、参加者は積極的に対話を楽しみ、互いに刺激を与え合う充実した時間を過ごした。実施後アンケートなどを通じて多くの声が寄せられ、中には「教育に対するモチベーションが高まった」というものもあったという。
「指導主事の皆さんは、もともと子どもたちに教えることが好きで教師を目指し、その指導力を教育委員会から評価され、現在の立場に就かれたわけですが、実際の教育現場を離れたことで、モチベーションが低下したという方も少なくありません。本研修に参加し、自分たちの学びの成果を教育現場に反映することで、子どもたちの学びをより豊かなものにしていける実感が得られ、改めて意欲をかき立てられたというのです。まだ始まったばかりの取り組みですが、そうした声が聞け、教育現場を変革するエネルギーと今までとは異なる大きな可能性を感じることができました」(福島氏)。
より豊かな学びを実現するための二つのキーワード、「正解のない学び」と「意図を手放す」
指導主事研修の大きな成果と言えるのが、「ラボ開発」で指導主事同士で知恵を出し合ってつくりあげる教員向け研修プログラムだ。指導主事たちが自ら開発したプログラムは、それぞれの担当地域で教員たちを育成・指導するための具体的な研修として、大いに活用されるはずだ。
これに加えて、TIがより重視しているのが、指導主事自らが主体的・協働的な学びを実践することで、それまで培ってきた教育観を更新・拡張させることだという。
「参加された指導主事の多くは、研修で『人はなぜ学ぶのか』『学びとは何なのか』といった正解のない問いに直面し、モヤモヤした思いを抱くと言います。従来の学校教育は、すでに存在する正解に教員が子どもたちを導いていく傾向が強いので、正解を用意できないまま教壇に立つことを不安に感じるのも当然です。しかし、探究学習や主体的・対話的で深い学び、あるいは子どもたちの主体性や創造性を育むには『正解のない学び』も大切です。研修の終盤には、指導主事自身が『正解のない問い』に向き合う体験を通してモヤモヤし、考え続ける中で、逡巡しながら気付きを得るというプロセスこそ、学びの本質であることに気付きます」と福島氏は研修の意義を語る。知識を身に付け、正解を導く従来型の学びに加えて、こうした今日的な学びを実践してもらうことこそ、TIの目指す教育観の更新・拡張に他ならない。
教育観を更新・拡張するためのもう一つのキーワードが、「意図を手放す」だ。「私たちは研修プログラムを設計する際にさまざまな意図を込めますが、いざ実施する際に、あえてその意図を手放します。つまり、事前に用意した意図に参加者を当てはめるのではなく、参加者がどう考え、どんな答えにたどり着くか、予想外の反応も受け入れながら見守るのです。いわば、ガイドはしてもコントロールはしない。こうした研修でなければ、主体的に学ぶ姿勢は育まれないと思っているからです」と福島氏は語る。
確かに、意識の高い教員ほど、事前に考えたシナリオに沿って授業を進め、優等生と評価される生徒ほど、教員の意図をくんで自然に忖度しがちなもの。そうすることで授業はスムーズに進むだろうが、それは「受動的・従属的な学び」でしかない。子どもたちに「主体的な学び」を身に付けてもらうには、教える側が意図を手放すことが重要だとTIは提唱する。
正解を用意せずに教壇に立つこと、生徒を信頼して意図を手放すことは、教員にとって勇気がいることかもしれない。しかし、教員が正解を持たず、生徒と一緒に学ぶ姿を見ることで、生徒たちは本当の学びを体感していけるはず。TIの提唱する二つのキーワードが、指導主事や教員たちの教育観を見つめ直すヒントとなるのではないだろうか。