カテゴリー 22022年採択

一般社団法人 KOTOWARI

対象者数 200名 | 助成額 501.9万円

https://kotowari.co/

ProgramKOTOWARI

 福島県奥会津での宿泊型集中学習を核に、高校生や大学生を対象とした探究型の環境教育プログラムを提供する。多様な情報の源泉に触れながら、参加者は対話を中心としたリベラルアーツと深い内省を組み合わせた学びを得る。経済や環境の多層的な理解を身に付けていくのと同時に、おのおのの世界に対する先入観や自分に対する決め付けを取り払い、自分自身と世界、自然とのつながりを築く価値観、世界観を醸成する。その上で、これからの時代に求められる道徳基盤と価値基準を、おのおのが自ら再構築できるような知性と精神性を磨いていくことがプログラムの目標である。優秀であるだけでなく善良な次世代のリーダーの育成を通して、人も自然も豊かになる未来の実現につなげていく。

 また、本プログラムは学びの提供者を学者や研究者に限らず、同じ志を持つ事業者や活動家、市井の人々にまで広げている。多様な分野にわたる学者陣、また、会津只見地方のブナ林の環境活動家、地元の農家の方々などが、環境問題を軸におのおのの知識や経験を持ち寄る。専門分野や居住地域、価値観の垣根を越えた人々や組織のネットワークを広げていき、答えの分からない課題に向き合う学びの場を形成していく。

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内面的ウェルビーイング=社会変革を目指す若者が本質的な探究を続けられる文化

 団体とプログラム名の「KOTOWARI」とは「理(ことわり)」のこと。物事の道理や真理を意味する。同法人を設立した青木光太郎代表理事は、ネーミングの理由についてこう語る。「『ことわり』の語源は『事割り』。目の前の事象をそのまま受け入れるだけでなく、よく観察して中身を『割る』ことで本当の意味を見出すことに由来しています。私たちのプログラムを通じて、そういう体験をしてもらいたいという思いが、その名に込められています」。本プログラムが目指すのは、高校生・大学生などの若者世代が、社会変革を目指して本質的な探求を続けられる文化を育むこと。その重要なファクターとして掲げられているのが「内面的ウェルビーイング」だ。ウェルビーイングとは、個人的な肉体や精神はもちろん、社会的にも満たされた状態であることを表し、これからの社会にとって重要なキーワードとして近年世界的に認知されている。

 このウェルビーイングを実践するプログラムとして、活動開始当初から核となってきたのが、毎夏5日間にわたって福島県奥会津の山中で行われる宿泊型集中学習「サマーリトリート」だ。定員は20~30人程度で、交通費や事前の書籍購入費を除いて無料で参加できる。「リトリートとは、人里離れた奥深い自然環境に身を置き、自分自身と深く向き合うことです。法人立ち上げ前の2021年に、有志の団体で開催したサマースクールが前身となっています」と青木代表理事はいきさつを語る。これまでリトリートに招かれたゲスト講師の顔ぶれは、学者、研究者、映画監督、禅の修行僧、山伏、地元の環境活動家や農家の方など広範にわたるが、それぞれが自分なりの「理」を探究しているという共通項を持っている。彼らによるレクチャーは成功体験や情報を伝える座学ではなく、対話を繰り返すことによって進行する。参加者はその対話を通して、自分の外側の知識と内側の智慧をつなげる「事割り」の作業を体験する。

 ゲストとの対話だけでなく、山深い自然林が内包する悠久の時間との対話、自然農法で育てられた有機素材との食を通じた対話、瞑想やヨガによる自己の内面との対話、さらにはさまざまなワークを通じての参加者同士の対話などにより、リトリートに参加した若者たちは、これからの時代に求められる世界観と価値観を構築するための心を磨いていく。

「参加者は数日過ごすうちに、ゆとりを持って生活をするようになり、味覚をはじめとした五感が研ぎ澄まされるなど、心身共に落ち着きを見せ始めます。消費者としてプログラムを提供される立場からその場を作る主体へと変わり、誰に言われるでもなく施設を掃除したり、玄関の靴を揃えたりするようにもなります」と青木代表理事は参加者の短期間での変化を語る。参加者からも「世界の見え方や関わり方を、日々の習慣や言葉遣い、姿勢などから変えられることを学習した」などの感想が寄せられている。

 2023年11月には、阿蘇、宮崎、京都という日本のルーツを巡る「KUNI(クニ)」というもう一つのリトリートがスタートした。翌2024年のKUNIリトリート&サミット は12月に熊野、高野山、京都と修行僧の足跡をたどるルートで開催され、約90人の若者と本プログラムに賛同したアメリカ先住民族の長老や先駆的な経営者、求道者、哲学者、社会起業家など、さまざまな分野で世界をけん引する約50人が参集した。旅路のゴールとなった京都・仁和寺では、参加者たちはそうしたゲストたちとのフラットな対話を通じて、日本独特の文化に根差した内面的ウェルビーイングを実践した。

青木光太郎代表理事。アメリカのウェズリアン大学でリベラルアーツを学び、卒業後は投資運用会社に勤務。その後、インドのヒマラヤ山脈での数年間の瞑想修行などを経て、日本に帰国。一般社団法人KOTOWARIを設立した。

ブナの原生林でのフィールドワーク

焚火を囲んでの対話も

リベラルアーツの学習と瞑想修行の果てにたどり着いた日本古来の精神文化

 こうしたプログラムのベースにあるのが、自然や神仏に畏敬の念を抱く日本古来の精神文化だ。これはアメリカの大学で西洋的リベラルアーツを学び、インドでの瞑想修行で東洋的精神文化を修得した青木代表理事が、その両極を結び付けるピースとしてたどり着いた学びの場。「東西で得た思想を、どうやって今の世の中に活かしていくかと考えたとき、日本の自然に根差した文化に強い可能性を感じました。今の世界が置かれている現状に際して、日本だからこそできるアプローチを探究した結果です」と青木代表理事は語る。

 このアプローチに根ざしたKUNIサミットでは、日本に残る精神性を参加者自身の体験を通して探究し、自らの人生に落とし込む機会を提供した。数千年の時間を跨ぐ巡礼を通して得られる洞察は、短期的になりがちな日常の意識や価値観の変容を促し、未来の選択や行動に深い影響を与えるものだったという。ある参加者は、「1000年先のビジョンが見えた」と語る。高野山を歩き、手を合わせてお参りをする中で、この先の未来にもまた人間として生きてみたいと思えるような、自然と人間が統合された世界の創造が見えてきたという。このビジョンは、現在の課題や不透明な未来を超えて、長期的な視座を持つことの重要性を示唆している。

 また、別の参加者は、巡礼を通じて「『あの人たちと自分たち』という内的な境界線が溶けた」と述べる。社会に対する分断や不信を抱えていたが、自然を中心に置く日本の精神性に象徴されるように、全ての存在は本質的に同じ理の中にあると実感し、自分という個と全体の繋がりをより深く理解できるようになったという。KUNIサミットはこうした変容を生み出す「場」であり、それ自体が一つの大きな共同体の形成を促している。

 こうしたKOTOWARIの取組みの特徴は、運営に関わるスタッフやゲストが、金銭的報酬を超えた理念に基づき、ボランティアとして参画している点にある。特に、世界的に確立されたキャリアを持つリーダーたちが、資金援助や専門的サービスを提供しながら、持続可能なコミュニティの形成に関与していることは、今後の展開において大きな推進力となる。

 KOTOWARIの活動の参加者の多くがこうした「奉仕によって支えられた場の持つ力」によって変容したと語る。ある参加者は、「思想家は思想を与えるが、場の奉仕者は場を与える」と述べ、KOTOWARIは思想を伝えるだけの場ではなく、そこに参加することで自然と気づきを得る環境が整えられていると強調する。「場が開かれていれば、人は自然と理に出会い、本当に必要な変化を受け入れられる」

KUNI Summitの様子

大学教育にウェルビーイング実践を取り入れるプロジェクトも進行中

 本プログラムは、課題解決型プログラムとは違い、未来の社会を担う若者たちが自己内省と自己拡大を繰り返すことができるコミュニティの形成を目指している。さらに、優秀なだけでなく善良なリーダーを育成することで、人も自然も豊かになる未来の実現を最終目標としている。過去の参加者による自主企画・運営によるリトリートや、ボランティア・教育者向けのリトリートの開催も試行され、これまでの取組みをまとめた冊子の作成も進んでいる。毎年一歩ずつ改良を重ね、そのコミュニティの輪郭は拡大しながら明確になりつつある。

 また、プログラムの効果を測定・評価し、大学教育におけるモデル構築のための質的調査も行われている。プログラムの実施が進む中で、KOTOWARIの活動が単なる個人のウェルビーイングや内省的な実践にとどまらず、共通の探究を通じた社会的な創発のムーブメントへと発展していることが明らかとなった。この理解の変化に伴い、教育者や研究者、社会変革者との協働を通じて、新たな教育のあり方を模索。今後、プログラムがもたらす影響をより包括的に捉え、参加者と関係者の実体験に根ざした研究手法を開発することで、KOTOWARIの全体的な意義をさらに明確にしていきたいと、青木代表理事は話す。「東洋哲学を学んだり瞑想を経験することがプログラムの目的ではなく、起業でもアートでも、人生の中で何かしら創造的なことをやりたいと願う若者が、精神的なことをベースに世代を超えた同志と共にアクションを起こす土壌になればと考えています」(青木代表理事)

KUNIリトリート2024とKUNIサミットの様子

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