カテゴリー 22022年採択

一般社団法人 フリンジシアターアソシエーション

対象者数 550名 | 助成額 654.4万円

http://www.ftas.info/

Program「演劇で学ぼう」
表現する⇆受け止める循環をつくる、アートプログラム

 「演劇で学ぼう」は、アーティストによるファシリテーションの下、生徒や先生が表現活動やチームでの演劇作品の創作・上演活動に取り組むアートプログラム。プログラムを行う上で特に大事にしているのは、アーティストが生徒の表現を「受け止める」空間をつくる(心理的に安全な空間をつくる)ことで、生徒が安心して表現することができる心身の状態をつくること。「受け止めてもらえた」という少しの成功体験が、生徒の自信を育み、次の学びに向かう「正のサイクル」をつくる。すなわち、生徒の心のエンジンを駆動させることにつながると考えている。

 本事業では、高校生向けプログラムの実施を進めるとともに、本プログラムを多くの高校にカルチャーとして定着させるための取り組みを3年間かけて進めていく。具体的には、高校の先生に向けた研修プログラム、持続可能な仕組みづくり(事例集の作成、ツール開発等)、横断的コミュニティーの形成や成果発信を行う予定である。協力校と共に試行錯誤しながら、このプログラムをアーティスト主導でなく先生主導で継続できる状態に近づけていき、より多くの高校に展開できる仕組みを構築する。

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「表現を受け止める」空間をつくるプログラム

  演出家や俳優などのアーティストや大学関係者で組織されている一般社団法人フリンジシアターアソシエーション(以下、FTAS)が学校に提供している「演劇で学ぼう」は、アーティストがファシリテーターとして教室に来て、生徒や教員と共に演劇作品をつくり、表現し、鑑賞し合うアートプログラムだ。2009年から関西圏の学校で展開し、小中高で約1400クラス、約4万人の生徒たちにプログラムを実施してきた。プログラムは長期と単発の二つがあり、長期の場合は、年間約8回の授業の中で、1~3回目は俳優たちがトレーニングで使っているシアターゲーム(俳優訓練のためのエクササイズを兼ねたゲーム)を使ったアイスブレイク、3回目後半からはFTASから出されたプロット(ストーリーの要約)をもとに5分未満の劇を作るというプログラムを経た後、自由創作に入ってもらうというスタイルが基本となっている。

  生徒たちは教員やFTASのアドバイスを受けながらグループで一つの作品を作り上げるが、このプログラムが目的としているのは、劇自体の質や、想像力・発想力といったスキルの獲得ではない。重視しているのは生徒の表現を受け止める空間を作ることだと、FTASの大石達起さん、京都大学 経営管理大学院の末長英里子さんは話す。「なにか自分の意見を伝えたいときに『みんなからどんな反応が返ってくるだろう』と不安に感じて、なかなか一歩を踏み出せないことってありますよね。大人にもあると思います。このプログラムでは、まずは『アーティストと教員が、生徒たちの表現を受け止める空間をつくる』ことを重視しています。安心できる環境があることによって、いろんな表現が生まれてくると考えています」。

  ある高校ではこのような事例があった。いじめを題材にした劇を創作している班があったが、創作を進めるうちに表現に熱が入っていき、「過去に類似の経験のある生徒にとってはフラッシュバックを引き起こす可能性があるのではないか」という懸念が出てきた。そこで、FTAS、教員、生徒たちが話し合い、その結果、急遽劇を新しく作り直すことになった。急な変更は生徒たちにとって大きな試練だったはずだが、ある生徒のアイデアに全員が「いいね」「こうしたらどうだろう」と賛同しながらアイデアを重ねていき、無事に新しい作品を披露することができた。「演劇の表現には正解がありません。自分の出したアイデアを誰かが面白い、じゃあこうしようと、他の人がアイデアを重ねてくれる。そうして意見を出し合い、お互いの価値観をすり合わせながら作り上げていく。そのプロセスで『受け止める空間』が生まれ、生徒たちの自己肯定感の向上にも役立つのではないかと感じています」と、FTASのメンバーで演出家の大石達起さんは話す。

「役割を担って責任を果たす」キャリア教育にも

  2024年2月、大阪府教育センター附属高等学校では、本プログラムのクラス選抜の発表会が行われた。事前の練習時間は賑やかだったが、いざ本番の時間となると皆集中して同級生の劇に見入った。担当の川崎英明先生は、「最初は声の大きい子、目立つ子が中心になることが多いのですが、そのうちに普段はあまり自分を主張しないような子が引っ張ってくれたりもするんです。劇を作る中で、お互いのいいところを肯定的に捉え合おう、声を掛けていこうという雰囲気が次第に醸成されていくのを感じています」と話す。

  同校は1~3年全学年で13年間このプログラムに取り組んでおり、探究的な学びのベースにあるコミュニケーション、人と人との関係づくりの面において、同プログラムの効果を高く評価している。同校の池田 径先生は、「あるクラスでは発達障がいのある生徒を主役にして劇を作って、クラス発表会で代表に選ばれたのですが、全体発表会当日にパニックを起こしてその生徒が出られませんでした。急遽生徒たちは代役を立てて無事に演じ、優勝したのですが、終わった後に担任に『あの子は大丈夫だったか?』って真っ先に聞いてきたんです。他者を思いやる気持ちをもって仲間との関係性が築けていたこと、また責任をもって自分たちの役割をやり切ったという点で印象に残っている事例でした。社会では誰もが何かしらの役割を担い、仮にある役割を担う人がいなかった時はお互いカバーしていくのが当然のこと。ここでの経験は社会に出た時のキャリア教育にもつながっていると思います」と話す。

大阪府教育センター附属高等学校での発表会の様子

生徒たちの熱演に、先生たちからも笑みがこぼれる

教員にとっても外部と対話する機会に

   同プログラムは生徒だけでなく、教員にとっても刺激を与えていると池田先生は話す。「あるとき、私が生徒に対して『今から劇をやるよ、楽しもう!』と言った後に、FTASの方が『楽しくない人もいるよね。その嫌な思いとか、しんどいとかという気持ちは大事。前向きになれないという気持ちも含めて、そういう人も含めて、それをどう表現するかが劇だから』とおっしゃっていてハッとしました」(池田先生)。生徒に対し、常にポジティブでいるよう煽りがちの教員に対して、自分の気持ちに正直でいること、それを受け入れることが大事なのだと気づかされたと話す。同校では、各学年の年次初めにシアターゲームを用いたアイスブレイクを行うが、事前に教員研修を行い、また2学期にはFTASと共にファシリテートを学ぶ教員研修を行っている。

  末長さんは、「学校だけで同様のプログラムが実施できるような教材の開発も進めていますが、重要なのは先生方との信頼関係。劇づくりを授業に導入したからと言って何かが劇的に変わるわけではありません。このプログラムにどのように取り組むのか、生徒たちに何を感じてもらうのか、都度しっかり話し合っています」と話す。例えば、劇で扱うテーマについても、FTASの大石さんはこのように話す。「生徒が『こんなことをしたい!』と創作を進めてくれた作品のなかには、とても丁寧に扱う必要のある題材も含まれています。表現のなされ方も重要です。かといって、センシティブなテーマや表現は扱わないという一律的な対応にはならないようにしたい。なので、扱うテーマ、表現の仕方は、毎年先生たちとしっかり話し合っていますし、生徒とも一緒に話し合うようにしています。そうした意味で、このプログラムは、先生とアーティストたちが一緒に作り上げてきたものだと思っています」。池田先生も「教育現場での外部連携が増えてきましたが、それは外部へ丸投げすることではなく、教員にとっては外部との対話の機会だと私はとらえています」と語る。同校は始まってから5年目まではFTASが主導して授業を行っていたが、こうした教員研修や研究会を繰り返したことで、FTASは演劇の専門家として、いわばゲストティーチャーの立ち位置で参加し、教員が主導して授業を進めるようになっているという。

  学校に赴き、生徒だけでなく先生とも事前に対話をして、プログラムを作り上げていくことは、FTASにとってかなりのリソースを割くことになるが、目の前で起こる子どもたちの変化が、FTASの活動を支えていると大石さんは話す。「“空気を読む”とよく言われますが、生徒たちを見ていると、クラスで自分の“キャラ”に沿って生きていかなければいけないことが多いのかもしれないと感じます。そうしたものから解き放たれたり、周りからもこういう一面もあるんだというのが見えたらいいなと思ってこの活動に取り組んでいます」(大石さん)

  一方でFTASにとってもメリットはあると、末長さんは話す。「一つは、アーティストも教育現場に関わることで表現の幅を広げられるという点、もう一つは、芸術活動の重要な役割のひとつである『社会に問いを投げかける』という機能を果たしていると感じられる点です。演劇は、学校にとっては異質な活動でもあります。それが行われることで、これまで見えなかった課題に気づくことがある。時には葛藤が生じることもありますが、その過程にも価値があると考えています」。

  演劇と教育という異なる分野が重なり合うことで、生徒・教員・アーティストに刺激や学びを与える同プログラムも、2024年時点で15年目となる。FTASでは、演劇的メソッドを高校のカルチャーにさらに定着させることを目標に、教員への研修、ファシリテーター育成、教員・アーティストが使えるツール開発などに取り組んでいる。

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