Program地域の未来デザイン
~社会共創と分野横断型学習で現代社会課題に挑む「恩送り」の探究プログラム~
高い高齢化率や人口減少といった問題に取り組む中山間地域の実像について地域住民との対話から学び、多様な学部に所属する履修者同士の意見交換を通じて、自分事として検討した問題解決策を自治体に提案するプログラムである。
10学部1プログラムを有する本学では、履修者の所属学部は多様である。授業では履修者の関心に沿って複数のテーマ(暮らし、教育、環境、高齢者支援、地場産業活性、関係人口拡大、地域資源活用等)を設定し、協力自治体に在住・在勤の市民がテーマ別分科会に参画して学生と対話する。さらに学生は、地域経済分析システムRESAS※等のデータ活用やグループワークでの検討を行い、問題の所在を明らかにし、現在の自分たちの関わり方を考え、発表する。
新規開講した2020年度以来、オンライン会議システムを活用した多人数が積極的に参加する一斉授業の手法とブレークアウトルームやクラウドでのファイル共有を進めながら検討するグループワークの手法を組み合わせた能動的な学習に取り組んでいる。協力自治体を共通ステージとしながら、履修者自身の出身地や関係する地域の問題解決に目を向けさせ、社会参画意欲を醸成することを企図している。
※ 内閣官房のまち・ひと・しごと創生本部が運用している産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のビッグデータを集約し、可視化を試みるシステム
活動レポートReport
社会課題の解決に寄与できる「実践的な人材」を育てるために
岡山県は、岡山藩時代の閑谷(しずたに)学校に始まり、江戸末期から明治にかけての津山洋学、大正の倉敷労働科学研究所など、古くから時代ごとの社会課題に取り組んできた「実学」が盛んな土地柄として知られている。そうした風土を受け継ぐ岡山大学では、2014年に文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援事業」に採択されて以来、「実践型教育」をテーマに、社会課題の解決に寄与する“実践力”を持った人材育成に注力してきた。「私は2016年度からコーディネーターとして参画し、実践型教育プランナーという立場で地域に根差した社会課題に取り組む教育プログラムの運営に関わってきました。その後、2020年度に教育推進機構の准教授として採用されたのを機に、改めて1、2年次における教養教育科目として企画したのが今回のプログラムです」と経緯を語るのは、現在は共通教育部門の副部門長として「地域の未来デザイン」を指導する吉川 幸氏だ。
“実践力”というキーワードから各学部での専門的な教育をイメージしがちだが、低学年向けの共通科目として開講した意図を、吉川氏は次のように語る。「本学は10学部1プログラムからなる総合大学であり、学生の意識や視点にも、属する学部ごとに特徴があります。専門性を磨くというプラス面がある一方で、実際に社会課題を解決するためには、医学や工学、経済学といった専門的な知見だけでなく、それらを統合する視点が必要になります。そうした実践力を培うため、入学後のできるだけ早期に、学部の異なる学生同士が交流しながら社会課題をリアリティを伴って考える機会が必要だと考えたのです」。
地域社会と培ってきた「人づくり」のネットワークを活かして
教養教育科目として社会課題を題材として取り組むにあたり、吉川氏が焦点を当てたのは「地域社会の当事者である自治体との連携」だったという。「本プログラムの主旨は、地域の未来をジブンゴトとして考えられる人材を育てること。人口減少や過疎化が懸念される地方部には、地域社会の機能維持や活力向上を課題とし、さまざまな工夫を重ねている自治体が少なくありません。本プログラムは、そうした自治体の1つである岡山県井原(いばら)市の全面的な協力のもとに推進しています」(吉川氏)。
岡山県西南部に位置する井原市は、ぶどうやデニムなどの地域産業や美星(びせい)天文台に象徴される天体観測などの魅力を持つ一方で、市内での進学・就職先が限られていることなどから高齢化や過疎化が加速している。そこで2019年から「ふるさと井原の未来を創るひとづくり事業」をスタート。「ふるさとを愛し、ふるさとのために実行できる志を持った人材=井原“志”民」の育成に地域ぐるみで取り組んでいる。「私は縁あって同事業にひとづくりアドバイザーとして参画し、地域の子どもたちを対象とした活動を支援してきました。学校と地域が連携して地域や世代を超えた交流の場を創造する同市の取り組みは、本学の学生にとっても素晴らしい学びの機会になると考えました」(吉川氏)。
こうして2020年度からスタートした本プログラムは、学部の枠を超えて参加する受講者たちが、中山間地域が抱える課題についてグループワークを行い、まさにジブンゴトとして解決策を検討し、その結果を自治体に提案している。吉川氏が培った人脈を活かし、地域住民へのインタビューや現地フィールドワークを実施している。
学生の主体的な参加を促すため、グループワークの運営には、個別テーマについて討論する「エキスパートグループ」と、その結果を持ち寄る「ジグソーグループ」とを行き来する「知識構成型ジグソー法」を採用している(下記参照)。「学生たちは、自分が興味のあるテーマを選んでエキスパートグループに参加。そこでの活動を主体にしつつ、時折、ジグソーグループに参加して情報交換を行うことで、新たなアイデアや気付きを得ることができます。また、自身が所属するエキスパートグループを代表しているという自覚が芽生えることで、積極的な討議を促す効果も期待しています」と吉川氏はその狙いを語る。
また、インタビューなどから得られる定性的な情報に加え、「地域経済分析システムRESAS(リーサス)」から得られるビッグデータも活用し、仮説立案や検証をより具体的・実践的なものにすることを意識付けている。
地域から受けた“恩”を地域の未来につなぐ、「恩送り」を実践する教育プログラムへ
「本プログラムを履修する学生に多く見られるのは、生まれ育った地元に何らかの形で貢献したいという想い」と吉川氏は語る。「本学は他県からの入学者が7割を占めており、地元外で学ぶからこそ、地元にない新しい視点を持ち帰りたいとの声が少なくありません。本プログラムで井原市の課題に取り組むことが、受講者それぞれの故郷の課題を考えるにヒントにしてもらいたいと思っています」。
生まれ育った地域に貢献したい、社会課題に対する実践力を培いたいとの想いを持った学生たちにとって、本プログラムは絶好の機会となっている。受講者の中には、夏休みに帰省した際に、プログラムの成果を同世代の友人と共有し、地元自治体に提案するなど積極的な行動に出ている者もいるという。「開講初年の2020年こそ約70名の受講にとどまったものの、受講者の口コミで評判が広がり、翌年は300名近い受講希望者が殺到し、調整の結果237名が受講しました。あまりに多すぎたとの反省もあり、2022年度からはミスマッチが生じないよう募集時に工夫しながら、140名の上限を設けて実施しています」と吉川氏はプログラムの変遷を振り返る。
学生からの好評に加え、実践力育成への社会的な要請も踏まえて、今後は本プログラムのさらなる展開が計画されている。「本学では、高校新課程で探究を学んできた学生を2025年度から入学者として迎えるにあたり、探究力を重視した教育改革を計画しており、本プログラムのような実践的に考える力を重視する学習方法にニーズがあります」と語る吉川氏は、さらに遠くの未来をも見据えている。「従来の大学教育で培っている高度な専門知識に加え、本科目では、地域社会の方々との関りを通して、培った知識と社会課題を結び付け、解決に向けた実践力を身につけてもらいたい。その力が、卒業して社会人になったときに、次の世代を支える原動力になることを期待しています」。地域の先人から受け継いだものを、先人と共創しながら次世代に送っていく、そうした継承の姿こそ、本プログラムのキーワードである“恩送り”と言えるだろう。