カテゴリー 52022年採択

国立大学法人 島根大学 教育学部

対象者数 60名 | 助成額 999.3万円

https://www.edu.shimane-u.ac.jp/

Program地域教育魅力化コーディネート人材育成プログラム

1.二刀流の導き手を育てる(資料1)
 高校生の心を駆動させるためには、高校生の意欲を引き出す伴走能力を発揮することに加えて、高校生が本気で挑戦したくなるような環境を整える必要がある。本プログラムでは、ファシリテーションやワークショップデザインなどの伴走能力育成を目的とした学びに加え、ネットワーク形成やプロジェクトマネジメントなどの学習環境整備に関するリアルな実務を学ぶことができる。

2.大人が変容する越境学習(資料1)
 本プログラムは、教員、コーディネーター、民間企業職員、教育委員会の指導主事、NPO職員、社会教育施設職員など、普段関わり合うことのない者同士が対話的に学ぶ場である。学校の中では出会えない多様な他者と構成的に学び、自分のこれまでの教育観をアンラーン(学び直し)していくことができる。

3.学びの個別最適化を実現する12のPBL実践ゼミ(資料2)
 研究者、起業家、コーディネーターなど多様な講師陣がテーマの異なる12のゼミを開講し、学習者は自身の取り組みたい課題に応じてゼミを選択できる。学習者の課題設定から実践まで半年間伴走し、学習者が実践する上でぶつかる壁を乗り越えられるように支援する。学習者自身が伴走される経験を持つことで、高校生の探究学習を疑似体験する。

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地域との関わり方の力も身に付けていく“二刀流”の育成

  山陰地域で唯一の教員養成学部である島根大学教育学部は、2016年度から「地域・教育コーディネーター育成プログラム」をスタートさせるなど、全国を対象に、教員だけでなく、地域で活躍する人材育成にも取り組んできた。2020年度に「地域教育魅力化コーディネート人材育成プログラム」に改編後、2022年度からは受講者枠を60名に拡大して実施。教員、地域コーディネーターや民間企業職員、NPO職員など、さまざまな職業の方から応募があったという。この教育現場だけに収まらない多様性こそが、本プログラムの大きな特徴であり、教員にとっても有効な学びの場だと、島根大学で同プログラムを推進する中村怜詞准教授は語る。 

  探究活動の先進校として知られる島根県立隠岐島前高校で高校教員をしていた経歴を持つ中村准教授は「生徒たちの心のエンジンのスイッチが入る瞬間は必ずしも校内とは限らない」と話す。「探究学習に関する教員研修となると、伴走のノウハウに焦点が当たりがちなのですが、高校教員時代には、生徒が教室外で地域の大人と関われた時に彼らの探究心に火が付く場面を多く見てきました。教員には、ファシリテーションやワークショップデザインなどの伴走能力だけでなく、地域の大人とつなげていくコーディネート能力、そして自分が異動した後もその関係性を維持させていけるコミュニティマネジメント能力など、生徒が探究に取り組む環境を整える力も必要であり、本プログラムでは、この“二刀流”の導き手を育てることを目的としています」 

  この力を育てるうえで有効なのが、普段関わり合うことがない者同士の対話的な学びの場だという。「多くの教員は『先生が主役』の授業を、子どもの時から経験しています。探究の時間は『生徒が主役』と言っても簡単に切り替えができず、『生徒を指導しなければ』という教育観を脱することが難しい。さらに教員同士の研修となると、お互いの背景や文化が分かるがゆえに、本質を突いた深い対話がしにくいと思われます。しかし、教育に関わりのない外部の人から、『どうしてそんなことをしているのか』などと本質を問われると、当たり前だと思っていたことがそうではないという気づきにつながり、これまでの教育観をアンラーンすることができるのです」と中村准教授は話す。 

対面での集合研修で講義をする中村准教授(右)。「教員が伴走する際に自身をメタ認知できるような自己評価ツールも開発中です。先生方がマインドセットする上で、自分自身を客観的に見る機会は重要です。多様な伴走の仕方があること、その中で自分の伴走はどのような傾向があるのかを知ってもらうことで、各生徒の状況に柔軟に対応できるようサポートしたいと考えています。そこで全国の約70人の先生方にアンケートに協力いただき、結果を分析して、伴走する際の関わり方のタイプを四つに分類したところです」と話す

開講式で行う「トークフォークダンス」。全受講生が二重の円を作り、フォークダンスのように相手を変えながら多くの方と対話するというワークで、これから半年間学びあう仲間としての関係性を構築するために毎年実施している

教員自身がPBLに取り組むことで、生徒たちの学びと「同期」させる

  講座は「探究伴走コース」と「コミュニティマネジメントコース」から、受講者の課題に応じて学びが選べるようになっている。社会教育実習として12のゼミが用意されており、その中で半年間のPBL(問題解決型学習)に取り組む。多様なバックグラウンドを持つ受講者の課題はそれぞれ異なるため、皆で同じ一つの課題に取り組むのではなく、各自の現場をフィールドとしてプロジェクトに取り組む形にしたという。またPBLの形式にしたのは、「高校生の学びと大人の学びを同期させる」ことも狙いとしている。「探究活動の中で、生徒たちにプロジェクトの立ち上げや運営を促す一方で、自分ではプロジェクトを回したことがない先生が多いのが実情です。自分が実際にプロジェクトを回すことで、何に悩むのか、どういう時にどのような声掛けをされたら助かるのかということを実体験してもらい、生徒への伴走に役立ててもらっています」と中村准教授は話す。 

  プログラムは、オンラインで週2~3回、19時半~21時10分の枠で行われ、年に4回、島根大学で対面の講座を受ける。「いい研修だったね」で終わらせない、との中村准教授の言葉どおり、ゼミでは自分の現場を一歩でも着実に前進させることが求められ、そのハードな内容に挫折しそうになった受講生もいるという。「探究学習の担当だったある受講生は、校内でなかなか理解が得られないという課題を持っていました。自信がなく、私のゼミをとったことを『後悔している』とまで言うのです。その彼女が、探究学習に非協力的な2人の先生と、意欲的な2人の先生、そして管理職の先生の計5人をオンラインゼミに連れてこられました。『探究学習が生徒の育成に役立つとは思えない』と話す先生方に、私と他のゼミ生は、『先生方が実現したいのはどのような探究学習ですか?』『より良い探究学習を実現するために知恵を一緒に出し合いましょう』と先生方の『やりたい』を引き出しながら、対話しました。翌日、受講生の先生は、非協力的だった先生から『皆が意見を出し合ういい時間だった。何のために探究学習をやっているのか、ぼんやりと見え始めた』と声をかけられ、嬉しさのあまり泣いてしまったといいます。それから彼女は自信を持ち始め、ゼミの最後には『自分の考えを発信する、他者の意見を受け入れるということを意識したことで、自分が変わったという感触を得ることができた』と成長の手応えを話してくれました」と中村准教授は振り返る。 

  頻度も多く、課題も厳しいプログラムだが、受講者へのアンケートでは、「かなり満足している」73%、「ある程度満足している」26%と、合わせて99%が満足と答え、途中で脱落する受講者はほとんどいない。こうした高い満足度を与える要因の一つが、充実したサポート体制だ。社会で活躍する実務者や教育者、研究者、修了生など、ゼミ講師の24人がサポーターとしても、受講者5人につき2人付いて、半年間みっちり伴走する。また運営体制も、大学関係者だけでなく、外部のさまざまな関係者に入ってもらい、受講者のケアなどをする事業運営チームや、学習者の状況に合わせて講義内容を修正していく授業運営チームなどに分かれ、情報共有しながら、プログラム開発や学習効果検証を行っている。「例えば事業運営チームで受講者の振り返りシートを検証した際に、あまり学びの実感を得ていないのではと思われる受講者がいると、授業運営チームを通してサポーター2人に連絡し、受講者とその点について話してもらうなど、全体を見つつ、個別にきめ細かく対応できるような体制にしています」と中村准教授は話す。 

オンラインでの授業の様子

全国各地からさまざまな肩書を持つ方が受講。「学習者同士が対話的に学ぶ時間を大切にしています」(中村准教授)

多様性を強みとした、持続可能なコミュニティづくりに向けて

  講座の枠を飛び出した、受講者・修了者による活動も活発化している。メタバースを活用したオンラインサロンでは、提供したい・学びたいトピックスがあるときに集まる学習会、買ってもなかなか読む時間がとれずに積まれている本を分担して読み、1章ずつプレゼンしていく「積読バスター」、高校教員に探究活動のグッドプラクティスを紹介してもらい、それについてディスカッションをする「探究道場」など、さまざまな交流がほぼ自主的に運営されている。またリアルでの交流の場としては、島根県内で年に1回、一般の方にも開放した「共学共創フォーラム」を実施。「高校の探究学習」をテーマにしたのだが、「自分の子どもにも伴走が必要」と子育て世代の母親の団体から約20名が加わるなど、多様なバックグラウンドを持つ方々が全国から集まり、約230名が参加した。     

  今後の進展について、「財団の助成のおかげで、受講者・修了者による学習者のコミュニティづくり、また学習者同士がつながるプラットフォーム作りが大きく進みました。今は修了生に謝金を出し、コミュニティマネージャーとして活動を支えてもらっていますが、自走に向けて求められるのは、『お金をもらえるから動くのではなく、この場が大事だから自分たちで守りたい』と思ってもらえるコミュニティを作ることだと考えています」と中村准教授は語る。 

  高校生の心のエンジンが外部との関わりによって火が付くように、教員の心のエンジンも未知の価値観と出合い、多様性の中で刺激し合うことで回りだす。そうした環境を提供しつつ、回りだしたエンジンの動きを止めぬよう、その先のコミュニティづくりまで視野に入れて取り組んでいる点が、同プログラムの最大の特徴と言えよう。 

2022年度に行った「共学共創コミュニティ(修了生コミュニティ)」立ち上げイベント。修了生や講師などでワークショップを実施した

2023年度に開催した「共学共創フォーラム」の午前中に実施したパネルディスカッションの様子

2023年度「共学共創フォーラム」参加者の集合写真

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