カテゴリー 22023年採択

一般社団法人国際STEM学習協会

対象者数 100名 | 助成額 837.7万円

https://www.fablabkamakura.com/

ProgramFAB QUEST (ファブクエスト)
「つくる」ことを通じて私、私たち、社会とつながるプログラム

 鎌倉市は、テクノロジーと地域資源を活用し、持続可能な社会を目指す世界的な取り組みであるファブシティを宣言している日本唯一の自治体である。実施するファブクエストは、世界初となる高校生主体のファブシティプログラムである。学生は、実践者との出会い、フィールドワーク、テクノロジーを活用した共創の実践、そして展示会や発表会などの一連の活動を通じて心のエンジンを駆動させ、21世紀型スキルを獲得していく。

 本プログラムは、「知る」「体験」「実践」の3つの段階に分けて、興味関心を深掘りしていく。まず、「知る」段階では、オンライン形式により、国内外の実践者と出会い、知見を深めていく。そして、興味関心を持った学生は、実際に3Dプリンタなどの「体験」を行う。そして3段階目に、6カ月以上の「実践」プログラムへと移行していく。長期プログラムに参加する40名の学生は、「ファブシティ特別研究員」に任命され、鎌倉をフィールドに現地調査から課題の発見、出てきた課題に基づいてチームで活動を展開し、その成果を鎌倉市や有識者らに発表する。全ての活動を終えた学生には、修了証が授与される。

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活動レポートReport

「つくること」を通じ地域課題解決を目指す世界初の高校生主体のファブシティプログラム

 日本で初めての「ファブラボ」は2011年鎌倉市に、慶應義塾大学田中浩也教授と渡辺ゆうか氏によって設立された。ファブラボとは、デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた実験的な市民参加型の工房であり、マサチューセッツ工科大学ニール・ガーシェンフェルド教授による「How to Make(Almost)Anything」という講座をルーツとした世界的な取組みである。設立当初は任意団体による活動だったが、2015年に一般 社団法人 国際STEM学習協会へと組織を変更。「ファブラボ鎌倉」という屋号は引き続き使用し、「一人ひとりがアイデアを形にできる社会の実現」「国際的に活躍するイノベーター育成」の理念を掲げながら、テクノロジーを用いた「新たな学び」の追求や、地域の小学生からリタイア世代、特定の分野で優れた才能を持つ方など、幅広い層の学びをサポートし、フリースクールの役割も果たす。

 協会が所在する鎌倉市は、テクノロジーと地域資源を活用し持続可能な社会を目指す世界的な取り組みである「ファブシティ(FAB CITY)」を宣言している日本唯一の自治体であることから、連携して活動も行っている。2023年にスタートさせた本プログラム「FAB QUEST (ファブクエスト)」も、鎌倉市と協力関係を結び、テーマを「鎌倉の社会問題をモノづくりで解決する」と設定。ファブラボ鎌倉が持つものづくりのノウハウを基に、若い世代がゼロから課題を設定してアイデアを形にすることを目指している。

 参加対象は15歳以上の中・高・高等専門学校生で、本プログラムを通して身に付けてもらいたい力として掲げているのは、「課題の分解力」「原因の特定力」「自由な発想力」「モノづくり力」「計画の実行力」「提案の発信力」「他者との共創力」の7つだ。本プログラムを牽引する渡辺ゆうか氏は「この7つの力とは、もともとMITのガーシェンフェルド教授によるオンライン講義『ファブアカデミー』で目指しているスキルです。中高生のうちに身に付けてもらえたら」と語る。

工学の大学院レベルの知識をもつ方やリタイアした技術者などのアドバイスが受けられる。本プログラムの参加者も、ここでものづくりに取り組んだ。

失敗を恐れず、産みの苦しみを味わいながら、アイデアを形にしていく

 本プログラムでは、「知る」「体験」「実践」の3段階に分けて参加者が興味関心を深掘りしていく。「知る」フェーズでは国内外で活躍する実践者のオンライン講義を受講し、世界規模での社会課題解決について学ぶ。「体験」フェーズでは3Dプリンタやアイデア出しなどの手法を体験し、「創造する」ことの意識的なハードルを下げていく。そして約半年間の「実践」フェーズに進むと、「高校生版ファブシティ特別研究員」として、鎌倉の社会課題解決にチームで取り組む。

 参加者にとって最初の難関は、テーマ設定だ。事務局側で個々の課題意識をヒアリングした上でグルーピングしてはいるが、価値観もバックグラウンドも違うメンバーが話し合って合意形成するまでには、「産みの苦しみ」を味わう。ビジネスの観点から活動をサポートする同協会の古川嘉徳さんは「スタッフが特定のテーマに誘導するのは簡単ですが、あえて見守る姿勢を大切にしています」と語る。そこで工夫したのが、地域住民の声を聞くインタビューセッションの導入だ。チームでの話し合いを重ね、答えが見えてきた段階で鎌倉の町に出て地元の方の声を聞く。「『この方の役に立つものを作りたい』と思えると、目の色が変わり覚悟が決まってくるようです」と古川さん。

 23年度は食品ロスや心の貧困、ゴミ問題や空き家問題など8つのテーマに沿って、粘土でプロトタイプを作ったり、3Dプリンタを活用したりしながら、課題解決に有効なモノを作っていった。「まずモノを作ってみれば、機能するのか、ユーザーに使いやすいものなのかなど、次の課題が明確になります。社会に出ても何かを提案するときには、全部の計画を緻密に立ててから動くのではなく、早い段階で形にして実装とテストを繰り返していくことは重要な手法。参加者は失敗を恐れる傾向がありますが、モノ作りは失敗への抵抗感を低くするという点で学習効果が高いと考えています」と渡辺さんは強調する。

 プログラムの最後には、成果を展示・説明する研究発表会を行い、鎌倉市長から修了証が授与される。23年度は、ファブラボ鎌倉の設立者でもある慶應義塾大学の田中浩也教授やIT企業ディレクターの長谷川祐子氏による審査を受け、鎌倉で問題となっていた竹害の解決につながる、竹を使って生ゴミを分解する家庭用生ごみ処理機及び管理デバイス「みえるん」が最優秀賞となった。受賞チームはプロジェクト終了後も、さらなる改善に向けて活動を継続しているという。

最優秀賞をとった「みえるん」。生ゴミの分解処理を促進する材料として、多孔質で微生物が付着しやすい竹チップ(竹を砕いたもの)を利用。また、生ごみ処理機内の土壌水分量などのデータを取得し可視化するデバイスとして制作した。

 2年目となる2024年度は、学校との連携を強化した。「実践」セッション開始の半年ほど前から周知活動を始め、市内の私立高校に出向いて特別講義や夏期講座の形で「知る」「体験」セッションを開催したところ、計289名が受講。鎌倉市内の教育者によるGoogleコミュニティ「GEG KAMAKURA」との連携も功を奏し、鎌倉市内だけで16校、愛知・福岡の学校と合わせて18校が参加した。

 36名でスタートした「実践」セッションは、募集にあたって作文による審査を行った。「半年間にわたるプログラムを完走するには熱意が必要です。全体として、自分が夢中になれるものを見つけたいという思いをもって参加してくる子が多いですね」と渡辺さんは言う。男女比はほぼ半々で、文系・理系の偏りもない。ITやプログラミングのスキルがなくとも、思いがあれば十分に学べる場だ。

センサーの制御を学ぶ2024年度の参加者たち。IoTキット活用して、物事のきっかけとなるインプット、その結果として起こる事象としてのアウトプットの概念を実践で学ぶ。

参加者のサポートとして、AIによるデータ分析を導入

 参加者のフォローにAI分析を取り入れているのも、本プログラムの特長の一つだ。株式会社電算システムから提供を受けたAI分析「Ra:Class」を活用し、セッションごとに10分程度の振り返りを設け、その自由記述から感情を分析・数値化・集計したという。「プログラム全体を通じてポジティブな傾向にあったものの、フェーズごとに感情の波があり、試行錯誤する時期は特に苦しい状態が見て取れました。この苦しさが何に由来するのかを把握して細やかに観察し、必要に応じて個別にケアしています」と渡辺さん。また、セッションが終盤に入るにつれ、参加者同士でフォローし合う姿も増えた。「互いに教え合う文化が自然と醸成されていくのも、ものづくりの良いところです」と古川さんは語る。

 プログラムを通じて、参加者の挑戦意欲が高まっている事例も出てきたという。2023年度に中学3年生で参加した方は、「あまりチームに貢献できなかった」と最後に悔し涙を浮かべ、2024年に再度エントリー。現在は驚くような成長ぶりを見せ、リーダーシップを発揮している。「半年間にわたり、目標となる先輩の背中を見て密なチーム活動をした経験が、今のリーダーシップにつながったのだと思います」と渡辺さんは振り返る。

 プログラム終了後、「美大を受験したい」という目標を保護者に伝えた参加者もいる。学校も休みがちだったが、サポーターの大学生から影響を受けて将来への意識が高まったようだ。研究発表会を見た保護者も「こんなにがんばっていたのか」と気づき、本人の願いを承諾したという。また、大学生になったプログラム修了生が、運営スタッフとして活動をサポートする例も出始めている。

 今後は公立学校や地域団体、行政との連携を深め、持続可能な運営を模索していくと渡辺さんは話す。「地域団体の課題解決と参加者のニーズをマッチングさせ、優れたアイデアは鎌倉市のファブシティプロジェクトへ移行して社会実装していくなど、地域団体や行政と連携し、資金調達を可能にする体制づくりを考えています」(渡辺さん)。現在、研究発表会で最優秀賞を受賞した「みえるん」など優れたアイデアは、ファブシティのプロジェクトに移行させた上でソーシャルインパクトを計測し、国際会議で発表することも検討している。また、新規サポーターを募集・育成しつつ、サポーターにセッションの進行を持ち回りで担当してもらうなど、伴走体制も再整備しているという。

「アイデアを自分の手でカタチにする」ことで、未来を切り拓く力を身に付けていくFAB QUESTは、鎌倉市のさまざまなリソースを巻き込みながら、活動の強化・自走化を図っている。

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