ProgramSERENDIPITY―SHIZUOKA TANKYU COLLECTION
「SERENDIPITYーSHIZUOKA TANKYU COLLECTION」は、「静岡の探究を世界へ」をテーマに高校生と地域資源・社会資源がごちゃまぜでギャザリングする探究的な学びの大展示会・探究ショーである。
東京ガールズコレクション(TGC)が日本のリアルクローズを世界へ発信するお祭りであるように、STCは静岡のリアルな探究を発信する「探究文化発信の祭典」。
教育関係者だけでなく、様々なステークホルダーが誰でも無料で参加できる展示会・探究ショー・高校生関連商品の即売会を開催する。
STC実現に向けては、高校生実行委員会メンバーを静岡県内から広く募集し、「高校生のための高校生による高校生のイベント」を創りあげる。また、STCCャンネル(デジタルコンテンツ)を構築し、事前の探究情報発信・高校生の探究活動紹介・地域資源・社会資源の情報発信を行う。
STCを通して、VUCAと言われるこたえがない時代に教育と社会が共創し、高校生も大学生も社会人も参加者全員がフラットで、立場の境界線が曖昧な「学びのダイバーシティ」が実現する環境を構築し、教育と社会は地続きで繋がっていることを証明していく。
活動レポートReport
高校生のための高校生による高校生の探究イベント
2024年1月21日、静岡駅前のホテルで、NPO法人しずおか共育ネット主催の「Shizuoka Tankyu Collection」、略してSTCが開催された。メイン会場ではトークフォークダンス※や、スペシャルトークショー、探究学習やボランティア活動の発表、SDGsやエシカルに配慮したファッションショーなどを実施。その隣では「探究縁日」コーナーを設置して、高校生や小中学生が開発した商品の販売やカフェ、水産高校が育てた金魚の「金魚すくい」などが行われた。また、静岡で活躍する方々との対話型プログラムや相談コーナーも設けられた。
このイベントの企画・運営を担ったのは、応募した36人の高校生からなる実行委員会のメンバー。その他、開催に関わった高校生は69校201人、当日の会場には大人も含めて500人が来場した。「実行委員の生徒が所属する学校の先生方も来てくださって、『普段とは違って、堂々と人前で話している生徒の姿を見て驚いた』という声も頂きました。先生方や一般参加者が、高校生の熱量やパワーに圧倒されたイベントになったと思います」と、NPO法人しずおか共育ネット代表理事の井上美千子さんは話す。
しずおか共育ネットは、2012年からボランティアで教育関連の活動を行っていた市民団体が、2017年にNPO法人化し、新たに立ち上げた組織で、県内で10年以上、教育活動に関わり、豊富な知見を持ち、かつ地域に根付いたネットワークを築いてきた。現在の活動の柱は、静岡県内の高校のキャリア教育コーディネート、探究学習コーディネート、定時制高校における居場所づくりの三つ。「探究学習コーディネートは現在県内10校で行っていますが、日ごろのやり取りの中で、校内でも探究に対して温度差があり、いわゆる“やらされ感”を持っている教員や生徒が多いことを感じていました。この課題を校内だけで解消するのも難しく、また私たちのような外部団体が入り込めない部分もあるため、課外で何か仕掛けを作れないかと考えていました」と、井上さんは話す。そこでヒントとなったのが、探究コーディネートで関わっている静岡市立高校の女子生徒2人の事例だった。探究活動の一環としてフィールドワークをしたことがきっかけで、地域の人たちを応援したい気持ちが芽生え、地域と連携したプロジェクトを実施し、「マイプロジェクトアワード」などの外部のイベントに出て自信をつけていった。彼女たちの行動に憧れる生徒が校内に次第に増え、学校全体の探究の雰囲気を変えていったという。「彼女たちのように、校外で活躍し、知見と自信を身につけて、各学校に戻ったときに探究のロールモデルとなって、探究活動を活性化したり校内の雰囲気を変える生徒を増やしていこうという狙いからSTCを企画しました」(井上さん)。
※フォークダンスのように輪になって向かいの人と決められたお題について、相手を変えながら対話するプログラム
約3カ月間で見られた生徒の変化
STCの準備は、2023年10月に実行委員の高校生とのキックオフミーティングからスタート。実行委員にSTCで何がしたいのかを出してもらい、そのテーマに沿ってプロジェクトチームをつくり、2024年1月の開催までの約3カ月の間に、リアル2回・オンライン4回の計6回の全体ミーティングと、各プロジェクトチームのオンライン会議を都度行った。各グループには、しずおか共育ネットのサポーターである地域の方や教員の大人一人と大学生一人が伴走する体制を整えた。
「高校生による高校生のための高校生イベント」というコンセプトのもと、高校生の自主性に任せる方針をとったが、なかなかテーマが決められない、授業や部活が忙しくてなかなかプロジェクトが進まない、見切り発車で外部の方に連絡してしまうなど、当初はいろいろな課題が出てきたという。大学生サポーターの髙橋奈那さんは、「高校での探究はあらかじめテーマが決められていることが多い中で、逆に何でもやっていいと言われると高校生の皆さんはどうしていいかわからず、大事なことを決めるのも身近な存在である大学生に全面的に頼ってくるという状況でした。しかし、しばらくして高校生同士のコミュニケーションが活発になってくると自分たちの悩みを共有して、知恵を集めて最適解を導き出す、という流れが加速化していきました」と話す。また、しずおか共育ネットのサポーターでもある静岡市立高校の小林大介教諭はSTCでは伴走者として関わり、「最初は自信なさげだった生徒もそのうちにグループを引っ張っていくようになり、外部との打ち合わせも自分たちだけでしっかり行えるようになるなど、僕らが安心して任せられる存在になってくれました」と当時を振り返る。アーティストを呼びたいと意気込んでいた生徒は、資金調達が厳しいことを知って、「自分のやりたいこと」から「みんなにとって必要なこと」は何かと思考を切り替え、高校生に夢を持ってもらうことを目的にしたトークショーの企画、講師への依頼、運営をやり遂げた。
そうした生徒の成長は、STCの前後に行ったアンケートの結果にも表れている。「現在の自分自身に満足している」「自分には長所がある」「自分の意見をはっきり相手に伝えることができる」「自分は他者から大切にされていると思う」「自分には人に誇れる自信がある」「私は人のことを信用できる」などの質問に対し、「そう思う」という回答が事前に比べ大きく伸びている。井上さんは「もともと自分のエネルギーを持て余しているような自己肯定感の高い高校生が多かったので、事前と事後だとそれほど変わらないのではと思っていましたが、実際はすべての項目で伸びていてことに驚きました。この場に参加したことによって何かしら変わるきっかけに繋がっていたのだと感じています」と話す。
またSTCの影響が、学校内に波及した事例もあった。STCで実行委員会を務めた生徒の活躍に刺激を受けた友人が、以前から取り組みたいと思っていたLGBTQ+の課題について、同世代の高校生と繋がって活動したいと団体を立ち上げたのだ。STCに参加した生徒だけでなく、その姿に刺激を受ける生徒を増やしたいという、しずおか共育ネットの狙いは少しずつ形になってきている。
生徒と教員の両軸で「ロールモデル」の育成を図る
第一回目のSTCは盛況を博したが、「学校の探究の“やらされ感”の解消」という課題解決にはなかなか結び付かなかったという反省点が残った。その点を踏まえ、しずおか共育ネットでは2024年度に新たな二つの取り組みを始めた。一つが、STCに実行委員として参加するコースだけでなく、「本気の探究コース」を設けたことだ。生徒個人、あるいは学校として教員も含めてエントリーしてもらい、しずおか共育ネットの伴走者が付いて探究活動を行ったうえで、STCで発表してもらうという枠組みだ。
もう一つが、「本気で探究を伴走支援したい先生向け勉強会」の開催だ。2024年6月28日には第一回目を開催。大正大学の浦崎太郎教授のパートでは、「自分(生徒)」「社会」「教科」の三つの視点から、マイプロジェクトとPBL(課題解決型学習)、探究の定義を改めて整理し、そのうえで「教科の見方・考え方を働かせる力」の育成の仕方についての講義が行われた。続くパートでは、県立ふじのくに国際高校の眺野大輔校長が「探究の高度化と各教科・科目とのつながり」について講義し、質疑応答が行われた。オンラインでは22人、リアルでは23人の先生が参加し、勉強会後のアンケートによると、「発表会のあり方として長いスパンで発表させない、プロセスを問う質問をするという眺野先生のアドバイスが、とても腹落ちしました」「教科における探究で、どうやって探究のサイクルを回せばいいかわからなくて困っていました。探究のサイクルが指導の方法ではなく、生徒の思考の流れであり、見方・考え方をもっと意識すればいいことが分かりました!」「教科の見方・考え方を生徒に自覚させるような活動は、早速来週の授業から実践できそうでわくわくしました」「発表会ありきで授業を進めてきたことに反省してます。短いスパンでそのような機会を設けて、考える機会を増やすような仕組みを考えていきたい」「改めて見方や考え方をどう活用するか、探究って何? というところを学び直せただけでも大いに意味があったと思います。思考を止めずに、味方を増やして踏ん張ってみようと思います」など、参加した教員には大きな気づきがあったことが分かる。井上さんは、「STCでロールモデルになって学校で探究を変えてくれる生徒だけでなく、私たちの勉強会を通して探究の在り方を理解し、知見を身に付け、自校で広めてもらえる先生方も増やしていきたい」と意気込む。