Program公立高校の「Collaborative Impact on Education」
探究学習に必要な要素はすでに社会の中で、仕事の上で使われている。それを高校生活の中で活用する。そして学校生活の中で心が躍る学校行事がどのように変わるのか。
県立高等学校の1年生・2年生を対象に、探究学習の手法を教え、学校行事や日常生活の中で活用することや、その延長線上で考えられる課題を設定して探究する年間プログラムを実施する。教師も教科を越えた「専門性」を発揮できる環境を作る。
プログラムの効果測定として、生徒の資質・能力の変容についてルーブリック評価を用いて、定量的な効果測定を行う。
伝統的に行われている学校行事と探究学習との連動を図ることで、全国各地のどこの学校でも参考になるようなプログラムを実施していく。
地域・企業・教育関連団体・大学生などが連携してプログラムを行い、効果検証を行うことで「Collaborative Impact on Education」を実現する。


活動レポートReport
公立普通科高校に特化した探究学習支援プログラム
本プログラムが目指すのは、探究学習のテーマを学校生活の中に見出し、活動を通じて学校行事などがどのように変わるのかを検証すること。対象とするのが専門課程などのない一般的な公立の普通科高校としているのが特徴だ。「そうした多くの高校における共通の悩みとして、探究学習に相応しいテーマを見つけられないでいるという声を多く聞いたからです」と語るのは、次世代教育・産官学民連携機構の市野敬介氏。同機構はさまざまな企業やNPO、地域団体、その他さまざまな形で教育に携わる会員で組織している団体で、2019年の設立以来、学校向けの教育プログラム紹介と実施の伴走、カリキュラムマネジメントの支援、PBL(課題解決型学習)授業づくりの支援などにおいて数々の活動を行ってきた。そうした活動の中で接点のあった千葉県立磯辺高校の1・2年生を対象に、探究学習をどう進められるか、どのようなテーマが良いか、生徒や先生だけでなく学校に関わるさまざまな方々の心のエンジンが駆動するにはどうしたらいいかという検証を始めた。ここで実践された活動は、同様の悩みを抱える他の高校にも水平展開できるはずという思いがあった。「これまでの一期一会的な関わり方ではなく、何年間も寄り添った形で高校のプログラムを支援するのは、私たちにとって初めての試みでした」と市野氏は語る。
対象とする普通科の公立高校では、「総合的な探究の時間」に対するリソースが足りず、どうしても体育祭や文化祭、修学旅行などの学校行事で得た感想を発表するという形にとどまるケースも多い。市野氏は磯辺高校と協議を重ねるうちに、学校行事の中に探究学習の手法やテクニック、外部の教育資源を取り入れることは可能であり、また取り入れることで学校行事自体も新たな形に生まれ変われるのではないかと考えるに至った。そして、伝統的に行われている学校行事と探究学習との連動を図ることで、全国各地のどこの学校でも参考になるようなプログラムを実施しようという構想が生まれた。
2023年度から始まった本プログラムは、必ずしも想定通りに進まなかったことも多かったという。一つは文部科学省のGIGAスクール構想に基づく全生徒各1台のPC端末の導入とタイミングが重なり、システム構築・運用などの時間を要した点だ。そのため年度前半は学校との打ち合わせとルーブリック※の整備などに費やし、生徒への本格的な展開は年度後半の集中プログラムとなった。
導入されたルーブリックは、2012年から14年にかけて経済協力開発機構(OECD)が東日本大震災の被災地で実施した人材教育プログラム「OECD東北スクール」で育まれた評価指標をベースに開発し、磯辺高校の希望も加味してカスタマイズしたもの。生徒の「好奇心」や「自分事化」といった項目の変容を数値化して示すことも、本プログラムの大きな特徴だ。
さまざまな行事が一段落した2023年10月から、次世代教育・産官学民連携機構の会員であるアクセンチュア、Fora、Japan Education Lab、企業教育研究会などから講師陣を学校に招き、情報整理ワークショップやプレゼンテーションのコツ、インフォグラフィックの活用、データ分析に関する講座など、探究学習に必要な授業が繰り返され、翌年の1月に行われるグループプレゼンテーションに向けた準備が進められた。リハーサルを含むプレゼンテーションのプロセスでは、校外から次世代教育・産官学民連携機構の会員を中心とする20人もの社会人が参加してフィードバックを行う機会を設けた。
「校外の社会人からフィードバックを頂くという経験は、学校にとって初めてのこと。生徒たちはもちろん、教員の方々にも大きな刺激となったようです。また、普段の授業では見えづらい各生徒の資質や能力などを、外部の目から指摘されることもあったとも聞きます」と市野氏は振り返る。外部組織の指導や社会人の指摘の甲斐あり、最終プレゼンテーションの内容や技術はブラッシュアップされ、非常にレベルの高いものになった。学習達成度においても、プログラムの実行前と実行後に行ったルーブリック調査では、全ての項目で評価が上昇した。
※ルーブリック:学習到達度を生徒へのアンケートによって測定するツール

講堂で行われた2年生の探究学習の発表会。各クラスの優秀班が学年全体に向けて発表した。2年生のテーマは、修学旅行における探究学習。「なぜ京都が外国の方から人気なのか」などの問いを設定し、現地で調査・研究した
2年目のプログラムで起こったさまざまな変化
初年度の結果を踏まえてスタートした2024年度の活動では、さまざまな変化が生まれ始めた。最も大きい変化は、1年間活動を経験したことでプログラムの実行が先生主体へとシフトしたことだ。これにより、市野氏のプログラムへの関わり方にも変化が生じたという。「直接プログラムに関与するよりも、間に入っての調整が主になりました。また2024年度からは学校運営協議会という組織に加えていただき、先生方はもちろん、保護者の方々や地域の代表者、教育関係者、学校周辺の企業やNPOの方などに対して、探究学習の説明やルーブリック調査の結果をお知らせするなど、より広い範囲でコンセンサスを図れるようになりました」と市野氏。
また、学校側で企画した1年生の探究学習の一環として、千葉商科大学を丸1日訪問し、大学の講義を体験したり、大学に在籍する磯辺高校のOB・OGとパネルディスカッションを実施。身近な先輩が、現在どんなことを学んでいるのかを間近に見ることで、生徒それぞれの進路選択にも大きな影響を与えた。3月に行われるAI活用講義に関しても、初年度は専門家による集団講義という形を取ったが、2024年度は大学生や大学院生との交流を介して実際にシステムに触れるような内容にする計画も進んでいるという。
「自分たちと世代の近いロールモデルが、高校生の探究学習にとって良い教材・題材になることが実感できました」(市野氏)。

1年生の探究学習の一環として千葉商科大学を訪問。
全体講義やパネルディスカッションの後、希望した学部の講義を受けて、学食体験なども行われた
全国の教育コーディネーターとの連携でノウハウの水平展開を
もう一つの大きな変化としては、多くのキャリアカウンセラーという外部リソースとのつながりができたことがある。「本件とは別の東京都内の中学生を対象としたプレゼンテーションのフィードバックの依頼を受けた際に、東京都の教育委員会や外郭団体から大勢のキャリアカウンセラーの方々をご紹介いただきました。その中に若い世代の学校教育にも関心をお持ちの方がたくさんいらっしゃいましたので、磯辺高校のプレゼンテーションへの協力をお願いしたところ、多くの方々が快く参加してくださいました」と市野氏。
本プログラムも開始から2年の試行錯誤を経て、ようやく一つの型が見えてきたという。「先生方が望む探究プログラムに我々がルーブリックを導入して検証する。その中でフィードバックをする社会人が必要であればご紹介するという一つのパッケージができつつあります」と市野氏は語る。
こうした活動の水平展開に関しても順調に進んでいるという。「我々が直接複数の高校をコーディネートするのではなく、地域ごとの教育コーディネーターと連携することで、磯辺高校におけるケーススタディとルーブリックの提供、外部の協力者の紹介などを通じてノウハウを広めていけると考えています」と市野氏。実際、既に全国の教育コーディネーターのネットワークを介して、情報の共有を進めているという。
活動の主体はあくまでも学校に置き、学校だけではできない部分にそれぞれのコーディネーターが寄り添い、さまざまな教育リソースを共有することで、同じ悩みを持つ公立高校の探究学習をサポートできるはずと市野氏は確信している。
「学校との連携はもちろん大切ですが、先生方と違って異動することなく地域にずっと居続ける住民や団体の方々とのコミュニティづくりも重要だと感じています。この2年間で修学旅行は探究学習のテーマに十分なりうるという手応えを感じています。探究学習で得た知識を活用する場は修学旅行だけではないと思います。例えば文化祭。探究学習の手法を採り入れることで、令和らしい文化祭を生み出すことも可能ではないかと思っています。さらには部活動などの日常にも広がればと考えています」と市野氏。高校間のネットワークを広く構築し、それぞれの成功・失敗体験を共有し合うことで、多くの公立高校における探究学習に対する悩みを少しでも解消したいと考えている。

4年ぶりに制限なしの開催となった磯友祭(文化祭)。探究学習を通じて得た知識や表現技法を活用する場になれば、より多くの人に楽しんでもらえる場となりうる

毎年開催されている百人一首大会などの行事も、探究学習と連動できる行事になりうる