カテゴリー 22023年採択

一般社団法人パーラメンタリーディベート人財育成協会

対象者数 300名 | 助成額 510万円

https://pdpda.org/

Program人工知能を用いた即興型ディベート能力開発プログラム
~他者への想いを馳せよう~

 本プログラムでは、人工知能を用い、即興型ディベートを通して、社会問題について主体的・協働的な学習を行う。即興型ディベートでは、論理的思考力、幅広い知識、プレゼンテーション力、コミュニケーション力が鍛えられる。英語での参加の場合、英語力の向上にもかなり効果的である。高校教員の日常的に多忙な状況に負担をかけないAIを用いた即興型ディベートシステムの提供は、昨今の技術を取り入れた画期的な取り組みと言える。

 参加の学校または生徒については、成果を競い合うプログラムとしてディベート大会を準備している。ディベート大会では、生徒同士が議論を交わす。即興型ディベートシステムで学習した社会問題を中心に、論題を工夫して出題する。ディベートでは全員に役割が与えられるため主体的に考えざるを得ない仕組みになっている。

 特に、他校との他流試合は、学校単独では実施できない特徴的なプログラムといえる。大会を通した他の生徒との議論は、心のエンジンを駆動させ、常に相手の立場にも立って賛否両論の視点をもつことで、最終的に他者へ想いを馳せる力が磨かれる。

レポートアイコン
活動レポートReport

社会が求める人材育成に有効な即興型ディベートに着目

  ディベートとは、与えられた論題について肯定側と否定側のチームに分かれて討議し、どちらが第三者を説得できるかを競うもので、事前に資料やデータに基づき論旨を準備する「準備型(調査型/証明型)」と、直前に与えられるテーマで論争する「即興型(パブリックスピーチ型/説得型)」に大別される。後者の代表的なスタイルであるパーラメンタリーディベート(以下PD)の普及を通じてグローバル社会で貢献できる人財の育成に寄与することを目的として、2014年に誕生したのが一般社団法人パーラメンタリーディベート人財育成協会(略称PDA)だ。

 「PDは、論題が提示されてから15~20分程度でディベートを始めるため、普段からの知識や語彙の蓄積、論理的な話の組み立て、表現の明確さ、即応性など、実際の会話や交渉で求められる複合的なスキルを身に付けられます。また、肯定か否定かを自分では選べないため、自身の意見とは異なる観点からの主張も考える必要があり、多様な考え方や価値観を養うことができます」と解説するのは、大阪公立大学工学研究科で准教授を務めるかたわら同法人を運営する、代表理事の中川智皓氏。

 「かつての日本の語学教育は読み書きに主軸が置かれていましたが、英語でディベートを行うことで、日本人が苦手としがちな英語で話す力も養うことができます。私自身、英語は高校卒業まで授業で学んだのみで、海外の方とまともに会話できない状況でした。大学でESS(English Speaking Societyの略)部に入って英語でのスピーチやディスカッション、各種ディベートの経験を積む中で、特にPDの学習効率の高さを実感し、グローバル社会で活躍するために最適な学びだと確信しました」と中川氏は自身の経験を振り返る。こうしたPDの効果をより多くの人に知ってもらおうと、大学院時代にディベート部を立ち上げ、自ら世界大会に参加する一方で、社会人向けの講習会などを実施。大学院を修了して大阪府立大学(現在は大阪公立大学に統合)に赴任した後も、キャンパスのある堺市や文部科学省の助成を受けて高等学校への導入支援活動などを展開してきた。そして助成終了後も継続的に活動できるよう、2014年に法人化した。

  以来、同法人は約10年にわたり、文部科学省や全国の教育委員会との連携のもと、PD体験会や交流大会の開催、生徒向け研修や指導者育成、教材開発などの活動を続けてきた。これらの成果・経験を踏まえて、2023年度から三菱みらい育成財団の助成のもとに「人工知能を用いた即興型ディベート能力開発プログラム」を開始した。

大阪府立大学工学部や東京大学大学院において機械工学を専攻し、博士課程修了後に大阪府立大学(現在は大阪公立大学)にて助教、准教授を歴任した中川氏。学外でも日本英語交流連盟のディベート委員やスーパーサイエンスハイスクール運営指導委員を務めるなど幅広く活躍しており、そこで培われた豊富な人脈が、PD普及に寄与している。

即興型英語ディベートで身に付く力は大きく5つ。
① 資料を読むのでなく、自身の考えを話すことで培われる「英語での発信力」。
② 第三者を説得するために異なる立場から討議を重ねることで鍛えられる「論理的思考力」。
③ 多様な論題に挑むため、日頃から興味を広げて知識を得ようとすることで得られる「幅広い知識」。
④ 聴衆を意識しながら話すことで磨かれる「プレゼンテーション力」。
⑤ チームでの活動を通じて養われる「コミュニケーション力」。PDはこれらを効率的かつ複合的に学ぶ貴重な機会となる。

教育現場での普及に向けてAIを駆使したディベートシステムを開発

  海外の教育現場ではPDが広く導入され、日本でも近年、特に語学教育におけるPDのメリットが浸透しつつある。2022年度に改訂された高等学校の学習指導要領では、外国語教科において従来の「英語表現」に替わって「論理・表現」が設けられ、「スピーチ、ディベート、ディスカッションなどを通して、論理の構成や展開を工夫して伝え合うことができるようになるための指導」が求められているが、実際の授業に導入するハードルは低くないという。

 「最大のハードルは、教員だけの指導には限界があること。教員一人で毎回担当クラス全員にPD実践における個々のフィードバックするのは難しいですし、そもそも教員自身にディベート経験者が少ないため、生徒が行うディベートに対して的確なジャッジ、指導を行うのには研修も必要です。当法人でも生徒向けの研修や体験会などを実施していますが、教員が多忙である現状では、目標とする全国的な普及を実現するには時間がかかってしまいます。ただでさえ教員の負担が過剰な現状で、さらに新たなスキルを身に付けてもらうのは難しく、そこで着目したのが、近年、急速に進化・普及しつつあるChat-GPTなど生成AIの活用でした」と中川氏は語る。

  機械工学を専門とする中川氏は、ディベートを用いた自然言語処理の研究を行ってきた経験もあり、システム開発に必要な要件定義やAIを利用した入出力の知見、さらには幅広い研究者・技術者との人脈を有している。こうしたバックボーンを活かして、すでにLINE上で利用できる学習支援チャットボット「DebateSpeech」を開発。同法人の公式サイトで公開(2025年2月現在は新システム構築のため公開停止中)している。

  AIディベート学習システムの基本的なフローは、まず設定した論題に対し、受講者が肯定理由を入力。自動で否定理由が生成・返信されるため、再反論を入力という流れを繰り返し、最後に評価や良かった点、改善点などがフィードバックされるというもの。音声での入出力も可能なため、人間相手のディベートと同様の体験が可能であり、AIとの対話やフィードバックをもとに論理的思考力を鍛えることができるが、教育現場に導入するためには、さらなる改良が必要だという。

 「教育現場でのPDは、生徒の発言内容を評価する際に必ず良かった点も伝えるなど、教育的な配慮を持ったフィードバックが求められます。開発中のシステムには、こうした機能に加え、生徒のモチベーションを高められるようUI(User Interface)を工夫するとともに、単語リストの提供、学習履歴の管理など、授業運営をサポートできる幅広い機能を備えています。現在、学校で試験的に活用いただき、使い勝手などの要望を調査しているところです。将来的には、開発したシステムを学校向けや個人向けに有料で提供し、持続可能な運営に役立てることも考えています」と、中川氏はシステムのさらなる進化を見据える。

同法人では、オンライン環境を駆使して全国の高校に生徒向け研修を提供。動画によるルール説明から始まり、論題を与えて肯定・否定にチームを分け、約20分の準備ののちにディベートを実践、ジャッジとフィードバックを行う。学校側の都合や要望を踏まえて所要時間や実施時期などを柔軟に設定でき、複数回の実施にも対応している。また、教員との意見交換も積極的に行い、その成果を毎年「授業導入報告書」にまとめて公開している。

「AIシステムによる学習」と「大会による実践」の相乗効果を目指す

 「即興型英語ディベートを通じて英語で話す力などを養うには、できるだけ多く経験してもらうことが重要で、AIディベート学習システムは、その実現を強力にサポートするでしょう。とはいえ、実際に対人で実践することでしか培われないものもあります」と中川氏は語る。「さまざまな意見や価値観に触れ、自身とは異なる考えを理解し、共感し合う力は、多くの人とディベートする中で初めて培われるもの。そのための機会として、当法人は各種のディベート大会を運営しています」。

  2015年から毎年開催している「PDA高校生即興ディベート全国大会」は、年々参加者が増加し、第1回の24校から、2024年度の第10回大会では現地(東京大学生産技術研究所)参加47校とオンライン参加38校、合わせて85校が参加するまでに拡大している。この大会では、予選から準々決勝、準決勝、決勝まで、それぞれ異なる論題が提示され、参加した生徒から「面白い論題がたくさんあって、新たな考え方も生まれた」「世界をより知るきっかけと、自分の将来を考えるヒントになった」などの声が挙がっている。

  全国大会で1~3位および授業導入優秀賞として選ばれた6校は、2016年から文部科学省と外務省の後援で開催している「PDA高校生パーラメンタリーディベート世界交流大会」に参加し、世界各国の高校生との交流機会を得る。2025年1月に開催された第10回世界交流大会では、フィリピンやモロッコ、ルーマニア、ポーランドなど16カ国20チームが参加。多様な文化・バックボーンを持つ高校生同士が同じ土俵で討議することで、世界を舞台に活躍する将来像をイメージする貴重な機会となった。

  これらに加えて、2016年からは毎年8月に合宿大会を開催、2018年からは中学生向けの全国大会も開催している。また、地域ごとに高校を集めての地域交流大会も全国各地で行うなど、高校生がPDを実践する機会を拡大している。

 「これからのグローバル社会を生きる高校生たちにとって、どんな舞台で活躍するにせよ、英語による会話力、交渉力、プレゼンテーション力など幅広いコミュニケーションスキルが必須となります。より多くの高校生がPDを体験できるよう、今後も各種大会の規模を拡大し、裾野を広げていきたい」と語る中川氏だが、一方で、表面的なスキル獲得にとどまらず、内面的な成長にも貢献していきたいという。「最近ではAIによる自動翻訳も登場しており、いずれは読み書きだけでなく、考えることもAIに代替される社会が到来するでしょう。そうした時代に私たち人間に求められるのは『他者に想いを馳せる』こと。AIシステムで繰り返し学習したうえで、大会で生身の人間相手に実践する、この両輪を組み合わせることで、『他者に想いを馳せる』力を備えた人財育成に貢献していきたいですね」と、中川氏は将来に向けたビジョンを語った。

2024年12月に2日間の日程で開催された第10回全国高校大会では「16歳以下のSNS使用を禁止すべき」「一般入試よりもAO入試を増やすべき」「オールドメディアよりSNSのほうが信頼できる」など、高校生にも親しみやすい論題が提示され、肯定・否定の立場で討議する中で、多くの気付きや刺激が得られたという。クリスマスイブの開催ということもあり、大会終了後は同法人スタッフがサンタクロースに扮し、参加者同士の交流会を盛り上げた。

コロナ禍により2021年からオンライン開催となっていた世界交流大会は、2025年1月の第10回大会より対面での開催を再開し、オンライン参加も可能なハイブリッド形式で行われた。地域や文化を超えたディベートに加え、参加者同士が各国の文化を紹介し合うカルチャーナイトなどで国際交流が行われ、普段の授業では経験できない国際感覚を養う貴重な機会となった。

ビデオアイコン
成果発表動画Presentation

一覧に戻る