Programルールを変える「若手政策起業家」育成プログラム
ルールや政策をアップデートして、ビジネス環境や社会の変化を起こす「政策起業」のためのアントレプレナーシップを、座学とワークショップ、プロジェクトの実践を通じて涵養する。本教育プログラムを通して、起業家の育成だけではなく、事業や社会起業の規模拡大ができる人材、老朽化したルールの撤廃、地域課題の解決につながる新しい制度の構築や、マイノリティのコミュニティでの地位向上など、幅広い分野のルールを主体的に変えられる起業家的能力を持つ人材を輩出する。
本プログラムは教育を目的としているため、国の制度を変える等の時間がかかる活動はあくまで知識として伝達するに留め、ワークショップや実践では学内のルールや地域の条例の変更など、手近な場所での実効的なルールの提言活動などを実践として行うことで、自己効力感を上げて次につなげる等、机上の空論に終わらせない活動を通した学習環境を作るといった、学習設計の面でも独自性があると考える。
活動レポートReport
政策起業のノウハウをアントレプレナーシップ教育に活用
公益財団法人国際文化会館は1952年の設立以来、「多様な世界との知的対話、政策研究、文化交流を促進し、自由で、開かれた、持続可能な未来をつくることに貢献する」をミッションに掲げ、国際関係、地政学、地域システム、ガバナンスおよびイノベーションなどの分野を中心に、さまざまな研究活動に取り組んできた。その活動の一つとして、政策起業家プラットフォーム「PEP(ペップ)/Policy Entrepreneur’s Platform」を運営している。「政策起業」とは、複雑な社会課題の解決を目指して行政の外から民間の立場から政策に影響を与えていくことを指す。既存の法律やルールの変更、時には新しい法律を提言していくこともあり、その社会的な影響力は年々高まっている。PEPはその担い手たる政策起業家たちのコミュニティであり、さまざまなセミナーや議論の場を主催しているほか、政策起業に関する情報発信などを積極的に行っている。
2023年からスタートしたプログラム「PEP for Youth」は、PEPで実際に取り組んでいる政策起業の考え方や方法論などを高校生や大学1・2年生に対して伝えるものだ。若い世代に向けた教育プログラムとして、いわゆるビジネスを興す「起業」ではなく、「政策起業」をテーマとした独自性の高さは極めて大きな特徴となっている。
若い世代に対して「政策起業」を展開するプログラムを実施する狙いについて、本プログラムを推進する国際文化会館 上席客員研究員/PEPディレクターで、東京大学でアントレプレナーシップ教育にも携わっている馬田隆明さんはこう語る。
「これまで大学等でアントレプレナー教育を行ってきた経験から、アントレプレナーシップとはビジネス分野に限らず、『何か新しいことを起こしていく際に使える汎用的な能力』だと私は捉えています。そのような能力を若い世代に身につけてもらいたいと考えた時に、ビジネスを題材として扱うことがベストな方法なのかという疑問が生まれました。彼ら彼女らにとってビジネスはあまり身近なものではなく、ビジネスに関する前提知識を持ち合わせていない場合も多いです。そのため、ビジネスでの起業を教えようとすると、ビジネスの基礎的な考え方を教えるのに時間を使ってしまい、本来涵養するべき『新しいことを起こしていく』方法や考え方、つまりアントレプレナーシップを涵養することに時間を使えていないようにも見えています。それならば、ビジネス以外のトピックを用いた方が、若い世代のアントレプレナーシップを涵養できるのではないかと考えました」
従来社会人がターゲットだったPEPのプログラムを、高校生・大学生向けにアレンジするには、さまざまな工夫が必要だった。その一つが、高校生・大学生の社会に対する前提知識を理解することだったという。ビジネスと同様、政策も若い世代にとっては身近な事柄だとは言い難い。そこで馬田さんたちは、高校の社会科の教科書をいくつも取り寄せ、彼らが持つ知識のレベル感を把握することから始めた。「一つの例として『ニーズ』という言葉のニュアンスが伝わらなかったんです。その他、カタカナ語、ビジネス用語も含め、社会人向けのセミナーやワークショップで日常的に使っていた言葉を、いかに彼らが理解できる言葉に置き換えていくかということは強く意識しました」(馬田さん)
「政策起業」というレンズを通すことで見えてくる社会課題解決への糸口
本プログラムでは、主にセミナーやワークショップを通じて、「そもそも政策起業とは何なのか」を理解するところから始め、次に社会にどのような課題があるのかを検証し、それを解決するための政策案を特定したうえで、それらの要点を端的にまとめてスピーチするピッチ形式で発表していく。2023年度は目標の定員に達する多くの生徒・学生たちが参加した。「社会課題に取り組んでみたいと考える参加者に、政策という手段があるんだということを知ってもらえたのが一番の手応えですね」と馬田さん。馴染みの薄い「政策」を参加者に理解してもらうために、各都道府県の先進的な政策が公開されている「先進政策バンク」などを活用し、参加者の居住する地域の具体的な政策事例を提示するという工夫も行ったという。
「高校生・大学生に、社会の中で実際にこのような政策が実施されているんだと知ってもらうことで、『世の中って、こういうふうに変えられるんだ』ということに気づいてもらえるようになりました。これは非常に効果的なアプローチでした」と馬田さんは振り返る。参加者自身が自分事として身近に感じられる社会課題をテーマにすることで、より具体的な解決策を考えることができたという。さらに、「政策はビジネスと違って、いい事例があればコピーしても構わないんです」(馬田さん)というように、何らかの課題とそれを解決する優れた政策が他地域にあるならば、それを自分たちの住む街でも取り入れていけばよい。リアルな市場で大人たちが行う競合事業とも戦う必要がなく、むしろ学生の手で良い事例を広げていったり、大人と一緒に戦ったりすることができる、という点も、学生向けの教育に適していると考えたという。
「また、何らかの課題を解決しようと考えた時に、高校生くらいの年代だと、どうしても自分たちのできる範囲のことだけを考えてしまいがちです。でも政策を使えば、もっと包括的に解決できるかもしれません。ワークショップでは『政策は思ったよりも身近なものだと実感できました』といった声も寄せられました」(馬田さん)。
2023年度の活動を踏まえ、2024年のプログラムも順調に進行中だ。5月には品川女子学院での出張授業、そして、8月には富山市とコラボレーションした出張ワークショップと、活動の幅は広がりつつある。「アントレプレナーシップ教育に対して先進的な取組みをされている高校や自治体に、これからも積極的にアプローチしていきたいです」と馬田さんは語る。開催数を増やし、より多くの高校生にリーチできる仕組みを整えるべく、現在はワークショップで使用するスライドや、ピッチで活用できるテンプレートなどをパッケージにした教材キットの開発にも取り組んでいる。あわせて、セミナーやワークショップを運営できる知識を持った学生インターンの育成も進めているところだ。
「アントレプレナーシップ教育に積極的に取り組んでいる高校では、ビジネスや社会起業を扱った授業がマンネリ化しているという意見を先生方から伺ったことがあります。ビジネスや社会起業のアイデアを出すところまでで終わってしまい、その後の実現につながらなかったり、受験の時期に入ると生徒たちが忙しくなってしまい、事業が止まってしまったりすることもあるようです。その点PEP for Youthは、政策という新しいテーマを扱っている点、そして、政策立案をしたあとに政治家や自治体の政策担当者にそのアイデアを聞いていただき、学校と地域とのつながりを得る機会を作ることができる点、場合によっては政府や自治体が政策として採用すれば、生徒の手を離れて事業を継続してくれるかもしれないという点が教育現場のニーズに合っているようです。公民や総合的な学習(探究)の時間など、既存の教科ともうまく接続できる可能性もありそうだという声も頂いています。アントレプレナーシップ教育において、政策を用いるという方法は、学校としても受け入れやすいのではないでしょうか」(馬田さん)
「参加者への周知が十分ではなかった、難しかった」という課題に対しても、策は講じてある。目玉コンテンツとして2024年度の活動で新たに企画した、「PEP学生政策起業コンテスト」だ。参加する高校生・大学生にとっては、自らが取り組んだ政策起業プロジェクトを評価、表彰してもらえるというインセンティブに直結する。2024年度は、最終的に約80件のプレエントリーがあった。
「私たち自身もまだまだ発展途上ではありますが、政策というツール、レンズを使って世の中を見る体験をしていただくことで、ビジネスとは違った学びを提供できているという自負はあります。政策起業のプロセス自体は、「新しいことを起こす」ほぼすべてのときにも使える汎用性の高いものなので、多くの生徒・学生にもきっと役立てていただけるのではないでしょうか。実際に、本プログラムの参加者の中にも『ジェンダーギャップの問題に取り組みたいけど、具体的にどうすればいいのかわからない』と連絡をくれた方がいらっしゃり、そういった課題に取り組む政治家の方と直接話ができる場をセッティングしました。熱意のある高校生や大学生が一歩踏み出す機会を提供できたのかなと感じています」(馬田さん)