ProgramGXを推進するグリーン・スキルを備えたGXリーダーを養成する
「GXサイエンスキャンプ(Green Transformation Science Camp)」
⼈類が直⾯する⾷料問題、エネルギー問題、環境問題など地球規模の課題を解決するために、GX(Green Transformation:カーボンニュートラル、脱炭素社会への変⾰)が期待されている。GXを主導するためには、このような地球温暖化の原因となる課題を整理し、分野横断型で国境にとらわれない視点をもち、総合的に問題解決を考え、科学技術の⼿法で課題を克服していく能⼒を備えたリーダー⼈材が必要である。
東京農⼯⼤学では農学と⼯学を融合させた研究活動を実践し、国際共同研究も精⼒的に進めてきた。この類い希な環境、⼈的資源を⽣かして、⼤学⽣、⼤学院⽣に提供してきた、社会実装を想定した研究、技術開発を考え、発信する教育プログラムを、⾼校⽣⽤にアレンジして提供していく。
まず「フィールドステージ」で食料問題、環境問題、エネルギー問題における最先端のフィールド研究現場の見学、取り組みに関する実習を実施。次に「キャンパスステージ」で、各課題についてGXに関する提案、研究開発計画などを大学院生や留学生に手伝ってもらいながらグループでまとめ、「社会実装を想定したGX研究や、技術開発の提案」を行う。
活動レポートReport
高校生に”リアル”な体験をしてもらうための科学教育プログラム
2024年に創基150周年を迎えた東京農工大学は、全国的にも珍しい農学部と工学部からなる理系国立大学。農学・工学の分野で、食料・環境・エネルギー・ものづくりなどのさまざまな先端的な研究を進め、そのレベルの高さは国内トップクラスを誇っている。
同大学の特徴の一つとして挙げられるのが、両学部や大学院から独立した「グローバル教育院」という組織だ。国際交流の推進、教養教育の企画・実施、入学者選抜における企画支援などを目的としており、本プログラム「GXサイエンスキャンプ」も、このグローバル教育院によって企画・運営されている。
プログラム名にも冠されたGX(Green Transformation)とは、脱炭素社会に向け再生可能でクリーンなエネルギーを利用・転換していく取組みや活動のこと。カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量の差し引きをゼロにする)を含めたさまざまな取組みを示す広義な言葉として注目を集めている。同大学でも学部の垣根を越えたGXへの取組みが積極的に行われており、本プログラムにも広範囲な課題解決に挑む「農工大らしさ」が詰まっている。
プログラムをコーディネートするグローバル教育院の藤井恒人教授は、「GXという言葉を知っている高校生には出会ったことがない」と言う。それでもプログラムのタイトルにGXという言葉を置いたのはなぜか。「多くの高校において『総合的な探究の時間』でSDGsに関する学習が積極的に行われています。しかし、身近な、具体的な課題と認識されているかと言えばそうではないように感じられます。たとえば食料問題に関しても、『世界中には飢餓に苦しんでいる子どもたちがたくさんいる』ということには気づいても、その具体的な理由や将来の日本に求められる役割などまではあまり踏み込めていません」
高校生にとって聞き慣れてはいるものの、自分たちの問題としては実感の少ないSDGsではなく、より具体的で実現可能な取組みを表すGXをテーマに定めた理由を、藤井教授はこのように語る。さらに、参加する高校生たちにとって、大学や学部選びの参考になるようにという願いも込められているという。「大学でこうした研究をしたいという夢があっても、進学先でその思いが叶わず、別の進路にすればよかったと後悔するケースもあるようです」(藤井教授)
こういったミスマッチを減らすためにも、大学側からの具体的なアピールは必要だ。入口が環境問題であってもエネルギー問題であっても、何かのきっかけで参加してくれた高校生たちに、大学で実際に行われている研究の一部分でも経験してもらいたい、そうした双方のニーズをかなえる場としても、このプログラムは機能している。
「現場」でしか得られない”リアル”こそが正しい理解に繋がる
GXサイエンスキャンプの対象は主に高校1・2年生。プログラムの内容や学習レベルは、同大学における1・2年生の授業で扱う基礎的な内容に近づけている。「こうしたテーマに興味を持って参加してくる生徒は、少しがんばって大学レベルの学習に取り組んでみようというモチベーションを持っているんです」と藤井教授。高校1・2年生で学ぶ数学や物理、生物といった基礎科目をしっかり理解する力を持っていれば、十分についていける内容になっているという。
その一方で注力するのがネットリテラシー教育。インターネットによる情報収集の際、もっともらしい記事やデータの中から正しいものを見抜くことは、高校生にとって意外に難しい。「たとえば、信頼できる研究機関などが発表しているデータや、先行研究を調べましょうといった基本的なことを説明しています。あとは学びに対する本人のモチベーションさえあれば問題はありません」(藤井教授)
同大学では、これまで約10年間にわたり、文部科学省の大学教育再生加速プログラムやJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のグローバルサイエンスキャンパスの採択を受けて、高校生向け教育プログラムを実施してきた経験があり、こうした分野には大きな実績や知見がある。高校生のポテンシャルを熟知する同大学ならではのプログラム設計がなされている。
本プログラムは大きく2つのステージに分かれている。第1段階は、1泊2日の合宿形式でフィールド実習、実験などを行う「フィールドステージ」。その内容を基に、GXに関する社会実装を目指した課題解決の提案を、専門家の講演を通じて学び、参加生徒同士で議論を深める2段階目が「キャンパスステージ」だ。
2023年度の「フィールドステージ」は、内容別に3回開催された。1回目は食料問題をテーマに、福島県富岡市の水田を見学し、農家の方と対話する機会も設けた。2回目は環境問題をテーマに、多摩川に赴いて水質調査を実施。3回目はエネルギー問題をテーマに、民間のゼネコンの研究所見学や技術者の講演を聞き、横浜市の資源循環局などを訪問した。
「高校での探究活動が広がっている一方で、生徒たちは期限内で成果を出すことを求められすぎているのではないかという気がしています。せっかく興味や関心を持っても、表面的で小手先の情報収集や議論であっさり済ませられていることが多く、もったいないと感じていました。実際に取り組んでいる人に会いに行く、現場に足を運ぶという行動を起こせば、もっと深く理解し、考えることができる。そういった後押しを我々大人がもっとすべきではないかと考えていました」と藤井教授は語る。
この「フィールドステージ」は、社会課題の現場や解決に向けて取り組む事例などを、実際に現場に出向いて自身で見て聞いて知る重要な機会と位置付けているという。「多くの高校生にとって、田んぼや川、山といった場所に行く機会は少ないらしく、現地では皆ワクワクした様子で喜んでいました」と、藤井教授は笑みを浮かべながら振り返り、興味関心を持った学生の背中を押すことの重要性を語ってくれた。
その効果は参加者の声にも表れている。
「自分の身の周りにはないこと(機械を使った農業を見ることや、農家さんの機械化に対する気持ちを聞くこと)を体験できて、とてもよかった」(食料問題)
「ネットに出ているデータのみで勉強するのではなく、実際に足を運ぶことの重要性を教えていただき、今後の学習の参考になりました」(環境問題)
「(参加した生徒)みんなの視点がおもしろくて、自分も引き込まれました。グループワークでは、事前に自分が学習したこと以外にもまだたくさんの課題があり、みんなが考えたユニークな解決方法を知って、さまざまな視点から考えることができ勉強になりました」(エネルギー問題)
いずれも、参加した高校生からの感想の一部である。現場を知ることの重要性を理解してもらえたほか、参加者にとっては、自分と同じような興味関心を持つ仲間に出会えたことも大きな価値となっているようだ。
2年目となる2024年度の「フィールドステージ」では、「ラボステージ」を新たに加えることで、GXへの工学系のアプローチの観点も盛り込んだ。同大学工学部のルーツである繊維産業の歴史から、現代の衣服の廃棄処分などの問題を学習し、脱炭素社会に向けた提案を議論した。高校生からは「サステナビリティな衣服について深く知ることができた」などの声が得られたという。
「環境問題」や「エネルギー問題」に関してもコンテンツの内容を刷新し、2023年度とは違う「現場」に高校生たちが臨む。いずれの現場でも、純粋な興味を追い求める高校生の姿が見られるだろう。