Program異質な当事者性の交差を生むグローカル・ボランティアツアー・プログラムの開発
~持続可能な社会づくりに向けてのユースのエンパワメントを目指して~
本プログラムでは、参加者となるユースの当事者性が他者の異なる複数の当事者性と交差し、ユースが多層多元的な社会課題を「自分事」として捉えていくためのボランティアツアーを企画・実施する。
多様な課題(原発問題/少子高齢化、ハンセン病問題、災害復興/まちづくり、貧困/格差等)を抱えている現場(山口県上関町、岡山県瀬戸内市、岩手県大船渡市、インド・ムンバイ)に足を運び、現地での生活や固有の価値観にふれながら、ユースが多様な社会課題の当事者性を深めていくことを狙いとする。
●本プログラムの特徴
・大学の正規カリキュラム(神戸大学ESDコース)での学びと、大学とフィールドとの中間組織(ESDプラットフォームWILL)における企画づくりへの参画による学びの連動を企図する点
・フィールドを訪問する際の構えづくりや振り返りを、フォーマル教育のカリキュラムではなく、中間組織において実施する点
・学習者と社会の関係性を示す尺度としての「当事者性」を指標とする点



活動レポートReport
若者世代における当事者性の“分断”の解消に向けて
神戸大学大学院人間発達環境学研究科の附属研究施設であるヒューマン・コミュニティ創成研究センター(HCセンター)は、研究と実践の連携強化を目的に、地域の組織やNPO、NGO、企業、行政、学校などさまざまな組織や個人と協力し、人間性にあふれた多層的・多元的なコミュニティの創成を目指している。その一環として、持続可能な社会づくりにおける当事者性をめぐる課題を、社会教育・生涯学習、福祉教育・ボランティア学習、障がい共生、自然共生、国際開発など、多様なアプローチで多角的に検討してきた。本プログラムでは、「当事者性学習論」と「フォーマル教育とノンフォーマル教育の新たな連携方法の探究」を柱に、SDGsをはじめとする社会課題を自分事として捉え、行動していくためのボランティアツアーの実施と、ユース(若者)がボランティア現場をはじめとするフィールドの人々と共に企画に関わることのできる学習プログラムの開発に取り組んでいる。
当事者性学習論とは、異なる当事者性を持つ人々が接触することによって、学習者の当事者性が変容することを期待するもの。「社会課題の解決行動などの実践を通じて、高い当事者性を獲得している若者がいる一方で、“社会問題なんて関係ない、自分にできることは何もない”と思っている、当事者性の低い若者もいます。そして両者の間には、多様な学びの場へのアクセスのしやすさや実践者・関係者とのつながりの程度の違いなど、さまざまな分断が生じています。この分断への問題意識がプログラム立ち上げのきっかけです」と、プログラム起案者の神戸大学大学院人間発達環境学研究科の後藤聡美助教は話す。当事者性の異なる者が同じ学習環境の中で一緒に学び、複数の当事者性が接触・交差することで、当事者性の低い若者の当事者性の高まりはもちろん、高い当事者性を持つ若者の関心の幅の広がりなど、それぞれの当事者性が変容し、ひいては分断の解消につながることが期待できるという。
フォーマル教育とノンフォーマル教育の連携探究においては、大学の正規カリキュラム「神戸大学ESDコース」と、同大学とフィールドの中間組織で、ESD(Education for Sustainable Development)を推進するユース組織「ESDプラットフォームWILL」、ESD地域推進拠点として国連大学の認証を受けているネットワーク組織「ESD推進ネットひょうご神戸」、そして全体を統括するHCセンターがそれぞれの機能役割を果たしながら連携し、本プログラムを運営している。
「このプログラムの大きな特徴となっているのが、現場での活動や、構えづくり・振り返りの場づくりを用意するのは、ESDプラットフォームWILL、ESD推進ネットひょうご神戸といったノンフォーマル側が担っているという点です。フォーマル教育では、学生は教員の視線を気にして優等生的な答えを出そうとしますが、ノンフォーマル教育においては教員の評価を気にせずに本音の発言、行動をする傾向にあります。ここにフォーマル教育とノンフォーマル教育の連携の意味があると感じています」と後藤助教は語る。
多様なフィールドワークを通じて他者のいのちの存在に気づく
プログラムの中心となるボランティアツアーは、2023年度に、岡山県のハンセン病療養所「国立療養所 邑久光明園」でのワークキャンプ、東日本大震災の被災地である岩手県大船渡での復興ボランティア活動、インド・ムンバイの貧困層が暮らすスラムでの子どもたちの自立支援などの活動を実施。学生たちは希望する活動を選び、延べ約150名が参加した。2024年度は、新たに石川県能登地方の被災地での活動も加え、延べ約130名が参加。活動への思いを後藤助教は次のように話す。
「ESD実践において、私たちが特に意識しているのは“いのちの持続性”という考え方です。福祉の現場、被災地、スラムなど、あらゆる現場に、人間や動物、自然、スピリチュアリティを含むさまざまな”いのち”が存在しています。喪われてしまったいのち、これから生まれてくる未来のいのちも含め、自分自身もさまざまないのちとつながっていることに気づき、つながっているからこそ社会を変えていくことができる、という感覚が得られることを期待しています。そして、現場のニーズに応えながらも、こうした要素を感じ取れるフィールドを組み合わせてプログラムを作ってきました」
複数のフィールドワークに参加する学生も多く、非日常の世界に、それぞれ感じるものがあり、「スラムの現状を目の当たりにすることで、実は自分は貧困を生み出している側だったという気づきを得た学生もいました」と後藤助教は語る。
参加した学生からは、「インドでの活動を通じて、日本から来た自分たちと現地の人たちの双方が、“楽しい、幸せだ”と感じられる空間があることが大切だと感じました。インドでの活動直後に東北での活動に参加し、インドで感じたことは被災地支援にも当てはまると感じ、活動をする中でこうした関係性の築き方を考えたいと思っています」との声も上がっている。

インド・ムンバイのスラムで生活する子ども達との交流

丹波篠山市での稲刈り

岩手県大船渡市赤崎町での復興マーケットの準備

ハンセン病療養所邑久光明園での園内清掃
プログラムを通じて着実に変容するユースの当事者性
ボランティアツアーに加えて、重要な気付きの場となっているのが、異なる現場のボランティア活動に参加したメンバーが一堂に会して行われる年2回の振り返りのワークショップだ。1年間の学びを総合化する2回目のワークショップは2泊3日の合宿形式で行われ、プログラムを通じて自分たちが何に触れ、どのように変化し、今後何をすべきかが話し合われる。
「フィールドワークでの体験は学生個人にとって非常にインパクトがあり、大きな満足感を得て帰ってきます。しかしそれでは“行った、よかった”で終わってしまい、学びが広がりません。同じ現場であっても人によって見えたこと、気づいたこと、考えたことはすべて異なります。それぞれの違いを明らかにし、異なる角度で浮かび上がってくるものを自覚することが大切だと考えています」と、後藤助教はワークショップの意義を話す。違いを明らかにすることで各人の当事者性の高さ・低さが浮かび上がり、場合によっては対立や矛盾、葛藤が生じることもあるが、それに気づくことが重要だという。
振り返りのワークショップにとどまらず、フィールドワーク実施ごとにリフレクションシートを回収し、現場体験を重ねることによって学生の当事者性がどのように変化していったかを見ている。その結果、学生の当事者性の変容を実感することが増えてきているという。それはフィールドワークのプログラムづくりに主体的に参加して自分の意見を口にしたり、教員とのコミュニケーションにおいてフィールドワークの体験談を交えたりするような場面に表れている。この他にも、学生が複数のステークホルダーと協働したESDに関するボランティア・プログラムを立ち上げ、実施する例も増えているとのことだ。
2025年度以降は、地元企業との連携により地域との関りを深めていきたいという。具体的には企業から提供の申し出があったイベントスペースを活用することで、大学から一歩外に踏み出そうとする試みだ。
「フィールドワークを実施しているとはいえ、それは大学のカリキュラムの一環で、学外からは見えづらい。今後は、地域社会に対する働きかけをもっと強化したいと考えています。地域に与える影響についての意識を持つことも、当事者性の変容には大切な要素です。ご提供いただく予定のスペースを活用し、いのちの持続性をテーマとする講座を地域の方々に発信するとともに、このスペースをフィールドとプログラムとをつなぐ場にしていきたいと考えています」と後藤助教は、新たな試みを通じてより多様な人々の当事者性が交差し、変容していく学びの場づくりを目指している。

夏の学びを振り返るワークショップ

1年間の活動の振り返り

年間計画づくりワークショップ