カテゴリー 42023年採択

埼玉大学

対象者数 180名 | 助成額 353.8万円

https://www.saitama-u.ac.jp/

ProgramHiSEP-Mirai (ハイグレード理数教育プログラム-問題発見・解決力育成シリーズ)

 理学部1-2年生を対象として、理学の専門教育で習得する知識・分析力に、社会科学の知識を意図的に融合させ、将来の社会問題、直面する現代的な課題により正しい解答を導くための「ものの見方(着眼点)、考え方(論理的思考法)」を深める教育機会を提供していく。科学の観点だけで得られない解決方法を自問し、さらにグループ学習を通して多角的に深化させる教育を、1キャンパス内に文理系学部を有する総合大学の特長や、文系教員によるセミナーのほか文系学生、留学生も含めた対話型学習機会を活用し、「文理融合型問題解決スキル育成教育」を行う。その成果は学内はもとより、中学・高校生に向けた人材育成プログラムを通して、学外への地域貢献企画としても取り組んでいく。

 本プログラムは、理学部特別教育プログラム(HiSEP)の中に「問題発見・解決力育成シリーズ」を新設し、「将来また現在直面する社会問題を挙げ、その概要のレビュー」「諸問題を解決するための理工学分野の知見の役割の整理」「共有すべき社会科学の知識の具体的な役割・効果の発見」として進めていく。また地球的な社会問題にも目を向け、海外協定校との連携のもとリモート学習・短期研修を通して、グローバル的視点からの知見と問題解決手法を提案していく。

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理学部の専門領域にとどまらない幅広い学びを融合

  1949年(昭和24年)の「国立学校設置法」の施行とともに、新制国立大学として設置された埼玉大学。その起源は埼玉県が改正局において教員養成を開始した1873年(明治6年)まで遡り、2023年には創基150周年を迎えている。

  同学は教養・教育・経済・理・工の5学部と、人文社会科学・教育学・理工学の3大学院研究科を有する総合大学であり、そのすべてが同一キャンパス内にある「All in One Campus」が大きな特徴だ。この中で、助成対象プログラムの担い手である理学部は、数学・物理学・基礎化学・分子生物学・生体制御学の5学科を設けている。理学部生は、それぞれが属する学科の専門知識を習得しつつ、「副専攻プログラム」を受講することで、専門外の理学領域を広く学び、学問的な視野を広げながら多様なスキルを修得することができる。

 「学部卒業後に大学院や企業で本格的な研究活動を行うには、学際領域も含めた多様な理学知識に加え、データ解析やプレゼンテーションなど幅広いスキルが求められます。こうした専門領域外の知見を培うため、2011年から副専攻プログラムの1つとして『ハイグレード理数教育プログラム(HiSEP)』を開始しました。当初は文部科学省『理数学生育成支援事業』の採択を得てスタートしましたが、5年間の支援が終了した後も自己資金で継続しており、2022年度からは『6年一貫型ハイグレード理数教育プログラム:HiSEP-6』として大学院教育にも拡張しています。こうした基盤の上に、今回、三菱みらい育成財団の助成を受けて新設したのが『HiSEP-Mirai』です」と経緯を語るのは、本プログラムのコーディネーターを務める理学部物理学科シニアプロフェッサー、井上直也氏だ。

  理学部の4年間を通じて開講される「HiSEP」に対し、「HiSEP-Mirai」は21世紀型教養教育プログラムとして、理学部1・2年生を対象に開講される。その目的は、現代的な社会課題の解決に寄与するための「ものの見方(着眼点)、考え方(論理的思考法)」を深めることだという。「環境変化が激しい時代にあって、次世代の理工系人材として社会課題に挑むためには、各学科で学ぶ専門知識をベースとしつつ、倫理・哲学・宗教・歴史・法学・経済学など社会科学の知識も融合させる必要があります。こうした文理融合の学びによって、『正解のない問い』を自発的に見つけ出し、解答へと導けるだけの『世界観・価値観』を身に付けることが『HiSEP-Mirai』の狙いです」と井上氏は語る。

  また、当初から「HiSEP」に携わってきた理学部名誉教授の永澤明氏は、次のような説明を加える。「文理融合型の講義は目新しいものではなく、多くの大学で導入されています。ただし本学では『文理融合とは、一個人に文理双方について卓越した知識を持たせる事ではなく、文系の人間と理系の人間がその専門性を補完し共同で一つの問題に取り組める能力の育成』との認識のもと、あくまで『優れた理工系人材の育成』を図ることに主眼を置いています」。

さいたま市郊外の緑豊かなキャンパスに、文理あわせて約8,500人の学生が集まる「All in One Campus」が埼玉大学の大きな魅力。専門やバックグラウンドが異なる学生・留学生・教職員が共に過ごす、多様性に富んだキャンパスの利点を生かし、活発な「知の融合」が展開されており、実社会でのイノベーション創出に貢献できる課題解決力や国際感覚を持った人材育成が行われている。

専門教育の枠を越え、社会性・グローバルの視点から講義を提供する「HiSEP」の三本柱となるのが「たん(探:ベーシック)」「きゅう(究:アドバンス」「しん:アウトリーチ」。まずは自分がやるべきことを「探す」ため広く理数系分野を学び、やるべきことが決まれば、より深い学びで「究める」。さらに、それらの成果を演(ひろ)げ、鍛えるために、国内外研修やインターンシップによる“武者修行”を推進している。

文理融合型問題解決スキルの養成

 「HiSEP-Mirai」初年度となる2023年度は「あたらしい文理融合型問題解決スキル形成プログラム」として、前後期あわせて2単位分の講座が開講された。

  基盤となるセミナー形式の講義は、実社会で活躍する企業人も含め、学内外の多彩な講師陣により、前期授業「入門セミナー」では4件、後期授業「基礎セミナー」では5件のセミナーと、またそれ以外に2件の特別セミナーを実施。「セレンディピティやグローバルな社会課題、デザイン思考など、理系カリキュラム内では学習機会のない多彩な領域をテーマとしたセミナーを開催するとともに、受講後にはレポートなどで自己の意見をまとめる機会を豊富に設けたことで、学生の視野拡大や問題意識の喚起につながりました」と井上氏は手応えを語る。特に、重点課題として取り上げた「人文社会科学と自然科学との関わり」については、学生それぞれの視点によるレポートが寄せられ、理学部生の文理融合の意識向上に資するものとして高く評価されている。「これらをレポート集録として取りまとめ、受講生の事後学習にフィードバックするとともに、次年度以降の学習の基礎資料としても有効活用できると考えています」(井上氏)。

  これらセミナーに加えて、文系学部学生との交流会も実施された。「同じキャンパスに文理双方の学生が集う『All in One Campus』は、本学の大きな特徴であるものの、これまでは必ずしも強みとして生かすことができず、理系学生は文系学生が何を学んでいるかを知らず、逆もまたしかりでした。そこで、理系学生が文系学生の学びの中から有意義な要素を見いだし・助言を受け、将来の研究活動に必要な知識・スキルを養うことを狙いとして実施したのが交流会です」と井上氏は説明する。こうした狙いのもと、2023年度は2024年1月に理学部1・2年生と教養学部4年生による交流会を開催。互いの学びについて再点検と発見の場となるなど、文理双方の学生から好評を得ており、2024年度も引き続き経済学部4年生との交流会が実施されている。

 「HiSEP」の特徴の一つが、講義型授業だけでなく、学外でのフィールドワークも実施していることだ。「HiSEP-Mirai」も同様で、2023年度は中国・上海での海外研修と、福島県浜通りでの国内研修を実施。「前者は海外大学とボーダーを越えた討議を交わす機会として、後者は災害の影響とそこから生じる社会課題を体感する機会として、いずれも有意義な場となりました」(井上氏)。

  これら1年間の活動成果は、50ページを超える「2023年度HiSEP-Miraiプログラム実施報告書」にまとめられ、各セミナーのアーカイブ映像も含めて学内外に広く発信されている。「初年度だけに反省点は多かったものの、『HiSEP』の運営体制や受講システムをそのまま活用できたのでスムーズに導入でき、単位を取得しなくとも卒業できる副専攻ながら、新入生の約6割が受講しています」と井上氏は初年度の成果を総括する。

2024年3月には5日間の日程で上海での海外研修を実施。現地の復旦大学、上海交通大学、および同済大学での「研究者による科学セミナー」「学生相互研究発表」「学生間交流会」などに理学部の学生5名と教員3名が参加した。

交流会では「理工系人材に向けての文理融合教育」をテーマとした討論会が行われ、異なる文化・価値観を持ち寄った活発な議論が交わされた。その成果は今後の「HiSEP-Mirai」への反映が期待される。

2024年3月には「福島県浜通りの現在と未来」をテーマとした国内研修を実施。「東日本大震災と原発事故から13年目を迎え、その当時を回顧し、現在を知り、未来に臨んで、広く深く考える」ことを目的に、県内高校生も含めた24名が参加。公的施設の見学に加え、復興の一翼を担う企業にも協力を仰ぎ、今後も起こり得る災害の実情とともに、被災地域が科学の力を借りてどのように復興しつつあるかを体得した。

「HiSEP-Mirai」の成果を、小・中学生から大学院までの一貫した理工系人材教育に波及

  初年度の成果と課題を踏まえ、2024年度は文理融合学習のさらなる充実を図った。「前期授業期間をフル活用して入門セミナーの『量』を拡大するとともに、『質』の向上にも注力しました。特に文系色の強い社会活動現場にコミットしている現役理工系人材によるセミナーを強化し、現場で必要とされる理系以外の資質についての知見を得る機会としました」と井上氏は語る。国内外での研修も継続しており、海外ではマレーシアおよびインドネシアの国立大学と連携して実施、国内では環境問題と生物多様性から「Nature Positiveな環境への取り組み」をテーマに、県内の天然記念物「宝蔵寺沼ムジナモ自生地」で見学・研修を行った。

 「受講後のアンケートでは、理学部の専門領域にととどまらない幅広い知識を学ぶ意義について、多くの共感が寄せられるとともに、社会問題解決のために求められる専門外の知識・スキルとして、コミュニケーションスキルや情報リテラシー、倫理感などが挙げられました。これらを参考にしつつ、今後も多彩かつ実践的なテーマを選定しながらプログラムの継続・強化を図っていきます」(井上氏)。

  一方で、こうした文理融合型の学びの成果を児童・生徒向けの理工系教育や大学院生向け教育にも波及させ、一貫した理工系人材教育の強化を図っていくという。「そもそも本学は、『首都圏の一角を構成する埼玉県下唯一の国立大学という特性を活かし、地域社会のニーズに応じた人材育成と研究開発を行って、広域地域の活性化中核拠点としての役割を担う』ことを基本方針の一つに掲げています。特に理工系学部では『科学技術イノベーション創出に貢献しうる実践力を備えた理工系人材の育成』に注力。地域と連携しながら理工系人材の育成に努めてきた歴史があります」と永澤氏は語る。

  具体的には、2008年から埼玉県およびさいたま市教育委員会の後援のもと、小・中学生を対象とした「科学者の芽育成プログラム」を実施。2015年から開始した高大連携の取組み「ハイグレード理数高校生育成プログラム:HiGEPS」では、1年間という長期スパンでの専門教育を実施し、延べ550名を超える高校生が参加している。「これら児童生徒向けの学びと、『HiSEP』および『HiSEP-6』を組み合わせた小中高大院一貫の理工系人材教育に、『HiSEP-Mirai』を通じた文理融合型学習のノウハウを波及させることで、将来の社会で活躍できる総合力を持った理工系人材の育成につなげていく。それが本プログラムの大きな目標であり、本学の使命でもあります。3年間の助成期間の中でプログラムを確立し、全学、さらには社会への波及を図り、本学の特徴ある教育活動として伸ばしていきたいと思います」と井上氏は抱負を語る。

  さらに、永澤氏も今後への期待感を次のように語った。「『HiSEP-Mirai』が加わったことで、『HiSEP』のシラバスがさらに充実したと感じています。文理融合的な学びは、小・中学生や高校生向け教育の高度化や、きっかけ作りに有効であると同時に、近年、課題とされている女性科学者の育成にも波及が期待できます。本プログラムで得られた成果を広く社会に活かせるよう、より多面的に発信・啓発していきたいですね」。

2015年にJST支援事業「グローバルサイエンスキャンパス」の採択を受けてスタートした「ハイグレード理数高校生育成プログラム:HiGEPS」。埼玉県をはじめ首都圏北関東各都県から応募・選抜された高校1・2年生を対象に、同学キャンパス内での専門的な理系教育を1年間かけて提供している。受講生から選抜された約6名が翌年「アドバンストコース」に進級し、理学部教員の支援のもと研究室での課題研究活動に参加するなど、高大院連携を強く意識したプログラムとなっている。

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