Program喚起・融合・交歓により「総合知を構築する力」を育み、磨き合う学修システム
-『奈良カレッジズ学問祭』を核とする3つの取組-
本プログラムは、奈良国立大学機構(奈良教育大学・奈良女子大学)が掲げるモットー“大学を結う。紡ぐ知と未来”に即し、「多様な知識や考え方を繋ぎ、統合・融合し、新たな知や価値を創出する力」(=総合知を構築する力)を、対話を通して楽しみながら育み、磨き合う学修システムを開発・実施するものである。
今日の大学は、激変する社会の中で重要課題を認識しつつ、その解決に主体的に取り組む力と意欲を持つ人材を育て、輩出することが求められている。それを可能にする学びは、他者から「身に付けさせられるもの」ではなく、その喜びや楽しさを感じながら、主体的・創造的に「身に付けていく」ものでなければならない。本プ口グラムは、総合知を発揮するための素地となる「総合知を構築する力」を、教養教育を核に、専門教育との繋がりも活かす新手法により、育み、磨き上げるものである。
具体的には、<喚起><融合><交歓>を鍵とする3つの取組、(1)『奈良カレッジズ学問祭』と“学問祭レポート合評セッション”、(2)連携開設教養科目の共同履修、(3)『総合知育成コンクール“H2O”』により、分野横断的課題や「正解のない問い」に対応できる人材の育成を推進する。
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活動レポートReport
学生の知的欲求を刺激する「奈良カレッジズ 学問祭」
明治21年(1888年)創設の師範学校と明治41年(1908年)創設の女子高等師範学校を礎とする、奈良教育大学と奈良女子大学が2022年4月、法人格を統合し、奈良国立大学機構の傘下の大学として新たなスタートを切った。「統合にあたって、両学の強みを生かしつつ、大学教育の本質に立ち返る新しい取組みを実施したいと考えました」と、奈良女子大学の小川伸彦教授は話す。
その一つが、「教養教育ウィーク 奈良カレッジズ 学問祭」だ。2022年度からスタートし、3回目の開催となる2024年度は8月23日~29日(25日日曜日は休み)に開催。このうち5日間にわたって、両大学の講師だけでなく、奈良県内・海外の大学、研究機関などの協力も得て、全15(2024年度は諸事情により1講義が休講)の講義を「一話完結方式」で実施。2024年度の講義テーマは、「人工知能とロボット研究」「声楽」「奈良の建築からアジアを見る」「EUの機構と政策決定」「遺伝学、逆遺伝学」「国風と和風」など、その内容は多岐にわたる。「この学問祭の狙いの一つが、『諸学を知る』です。自分が選択した学部や学科の専門だけではなく、さまざまな学問のエッセンスに触れて、自分が研究したいジャンルに出合ったり、ヒントを得たりする契機にしたいと考えました」と小川教授は話す。
一般に大学では、90分程度の単発の学術的な講演会が開催されることが少なくない。そして参加した学生は十分に知る歓びや考える愉しみを得ている。ならばそのような中身の濃い講義を15種類ほど繋げたら、学生たちが一気に視野を広げ、生涯にわたる知的欲求の礎も形成できるような場を作れるのではないか。「学問祭」の基底にあるのは、そのようなアイデアである。もう一つ参考にしたのが、なら国際映画祭など各地で開催されている「映画祭」のプログラムだという。学生向けのパンフレットはまさに上映映画の紹介のようなデザインで、学生のワクワク感や知的好奇心を刺激するようなものとなっている。学生たちはこれらの講義の中から自由に8コマ以上を選んで受講し、レポートを作成することで単位が得られるようになっているが、レポートの課題にも工夫が凝らされている。異分野領域の学びを繋いで融合する力や総合力の醸成を目的に、「受講した講義から2つ以上のテーマを選び、それらを関連付けたり融合させたりすると見えてくるものについて自由に論じる」ように設定されている。そしてまたレポート提出後にも、「合評セッション」というユニークな取組みが約1カ月後にも行われる。

2024年度の「学問祭」のパンフレット。4月の入学式に新入生に配布するため、学問祭終了の2か月後には来年度の制作に入るという。2022・2023年度は延べ2,000人の学生が受講した。2024年度は1講義が休講、またやむを得ず対面のみとなった講義があったため、例年より少なめの延べ1,696人の学生が受講している

2024年度の学問祭の講義の一つ「研究を楽しむ―私の人工知能とロボットの研究を通して―」の様子。リアルとオンラインのハイブリッド、もしくはオンラインのみで行われる。講師は両大学から自薦・他薦で5名ずつ選定。その他の高等教育機関や研究所には、同機構が声掛けして計5名を選出してもらっているという。「テーマのバランスは他薦で調整することもありますが、そのうえで同様なテーマが出てきても良しとしています。同じテーマでも研究者によっていかに違うアプローチをしているのかというところを学生に見てもらって、学問の多様性や切り口の面白さなどを感じてもらうようにしています」(小川氏)

「教養教育ウィーク」の6日間のうち5日間は授業、最終日はスピンオフDAYとして設定。2024年度は、大学生・院生誰でも自由なテーマで発表できる場「ガクモンストリート BMD 2024」として開催。オンラインの聴講は大学関係者だけでなく、高校生にも開かれている。2024年度は学部生2人、院生3人が発表し、その後は自由なテーマでディスカッションを行った。通常、学生や院生の発表は授業の枠内や専攻・分野ごとに分かれて実施されることが多いが、本企画は、大学全体を一体的に捉え、学部生から博士後期課程の大学院生までの誰もが、分野を問わず発表できて、対等に知的刺激を与え合うという、ありそうでなかった新しいモデルとなりうる枠組みが特徴である
学問祭の学びを次につなげる「合評セッション」
「最初の年である2022年度は学生に提出してもらったレポートを教員だけが読んだのですが、かなり独創的で、高い着想力を発揮したレポートが含まれていることが分かりました。そのようなものを学生同士で読み、ディスカッションする機会を設ければ、レポートを書く意欲を高めたり、また刺激し合えるのではないかということで、三菱みらい財団からの助成も糧にしつつ2023年度から実施することにしました」と小川教授が開催の経緯を話すのが、「学問祭レポート課題合評セッション」である。その実施にあたっては、まずレポート提出時にセッション参加を希望する場合はエントリーしてもらうところがスタートになる。2023年度は17本、2024年度は19本のエントリーがあったという。エントリーされたものと併せて、教員が読んでぜひ合評してほしいと思うレポートがあれば、本人に確認し、それらのレポートを冊子にまとめる。
2024年度の合評セッションは学問祭の1か月後の9月25日に行われ、エントリー者を含めた当日参加者が冊子に掲載されたすべてのレポートを読み、その後お互いのレポートについて合評を行い、その中で魅力的なレポート3本を入賞作品として選出した。「新しい方法論を拓くで賞」では、四つの講義から人類の進化・文化財研究・記録と想像力の重要性について考察した「可視化する時空~肉眼で視認する過去と未来~」が受賞、竹を信仰面や古代文献から見て取れる「神秘性」と「建築材」の両面から観察した「中空の信仰にみる建築用材としての竹」のレポートは「独創的で賞」を受賞、「社会が注目するで賞」は、母親の声と子どもの脳の発達の関係性を工学的視点から考察した「社会化における母親の声の重要性」というレポートが受賞した。
いずれもユニークな視点で自由に自分の考察を発展させている内容となっている。参加者からも「同じ授業を受けていても、人によって感じていることが全く違うことが分かって面白い」「学問祭には参加していなかったが、自分の悩みや引っかかっていたことがあり、今日のレポートからそこへのヒントを得ることができた」「属性や世代が違うにも関わらず、何かしら響き合ったり繋がったりすることがあってよい刺激になった」という感想が出ているという。奈良国立大学機構総括理事を務める宮下俊也 奈良教育大学学長は、「最近の学生は授業や活動が終われば、そこで学びも完結してしまう傾向にあります。これを克服するひとつの工夫として、人に向けて自分の書いたレポートを表現するという合評セッションを学問祭とセットにしたわけです。その結果、思考・判断・表現というサイクルが回って、学んだ経験を次に繋げられる仕組みが生まれました。非常に意義のあるものだと評価しています」と話す。

合評セッションの様子。対象となるレポートは、基本的に教員が手を入れることはなく、提出されたオリジナルのものを皆で読んで合評しているという
大学統合から広がる学びの輪
学問祭のほかに、2022年度に法人化してからの取組みとして実施しているのが、連携開設科目の設置だ。2024年度には、両大学の教養科目合計30科目を双方の学生が受講できるようになっている。受講者からのアンケートでは、「興味のある分野を履修できた」「選択肢が増えた」「他大学と交流できた」等、両学生の学びの幅が広がったことがうかがえる。
また2023年度からは、1月に「総合知育成コンクールH2O」を開催している。多様な知や分野を俯瞰し架橋することで生まれる新しい価値や視点、それを導く「総合知を構築する力」のイメージを、酸素と水素が結びついて水ができるH2Oという化学式で表現したのがこの企画のネーミングの由来である。文系・理系問わず、自由研究レポートやエッセイを提出しあい、互いに学び合うという形式は、合評セッションと同じ仕組みとなっているが、対象を両大学の学部生・大学院生だけでなく、両大学の附属学校である奈良教育大学附属中学校・奈良女子大学附属中等教育学校の生徒まで広げている点が特徴といえる。2023年度はテーマを自由としていたが、2024年度は参加しやすくするため、地域の人々や若い世代になじみのある「奈良」または「お笑い」について、自分なりのもう一つのキーワードとかけ合わせたものをA4サイズ 1枚で提出してもらう企画とした。事前説明会をオンラインで開催し、趣旨や応募方法を解説した動画を同機構のサイトにアップして学生の参加を促すとともに、解説動画の後半には総合知を構築する力を身に付けるためのコーナーを盛り込むなどしたという。2024年度の参加者は2名だったが、「A4 1枚でよく、エッセイ可だったのが気楽でした。いつもいろいろ連想したり思いついたりはするのですが、思いつきを形にするのは難しくて、形になる前に別のものに興味が移ってしまうことが多々ありました。この文量でなら、私も自力で形にできる!と、少し自信になりました」といった声が寄せられた。
学生たちに「総合知を構築すること」の楽しさや喜びを感じ取ってもらい、主体的・創造的な学びの展開を目的に、「奈良カレッジズ 学問祭」を核に、さまざまな取組みを実施しているこの同機構のプログラムには、奈良市が注目し始めているという。「2025年度に向けて、市の協力を得ながら、市内にある国立大学や私立大学、また市外の県立大学、さらに企業や高校とも連携し、学問祭を拡充していこうという流れになってきています。一般的に大学の法人統合には、経営面でのスリム化という側面が強く、もちろん我々の統合にもその意味合いがありますが、原点に立ち返り、あくまでも教育を中心に据えた統合に本気で取り組んでいると、奈良市民・県民の皆さんが認識し始めてくれた結果ではないかと思っています」と、宮下学長は話す。
この構想は2025年度に向けて具体化しつつあり、奈良市との連携で、より拡大した枠組みで自走化できることとなったため、同機構は、3年目の助成を自ら辞退し、1年前倒しで三菱みらい育成財団の助成を卒業することとなった。大学統合を契機に始まったこれらの取組みは、学生の教養を深めるだけでなく、地域や社会全体に新たな価値を生み出す原動力となりつつある。

2024年度のH2Oの様子