Program全学科混成チームで地域課題解決のアイデアを創出する
「やまぐち未来デザインプロジェクト」
現代社会が大学教育に求める資質・能力を人材育成目標に据え、バックキャスティングの考え方でカリキュラムを設計し、基盤教育カリキュラムの総括科目として、「やまぐち未来デザインプロジェクトⅠ・Ⅱ」(4単位必修)を置いた。
前期には、人口減少社会や地域課題についての知識を習得し、後期には、チームの共有ビジョン達成のために、「観察―着想―発案―試作―点検・評価―修正・実現」のデザイン思考のプロセスを体験する。RESAS(地域経済分析システム)をはじめとする各種データを活用し、同時進行で学ぶデータサイエンス科目(6単位必修)の成果も応用して、エビデンスに基づく発想を導く。多様な専門的知識や考えを持つ他者と共に、チームとして課題解決にチャレンジする経験ができるよう全学科混成の多分野融合チームを編成し、多様な専門を持つ教員が伴走する。人口減少社会に関する研究者、市役所職員やマスコミ関係者などの外部専門家の助言を得る機会も用意した。
チームが創出した解決策は、ポスター発表によって共有し、複合的・学際的視点からレポートにまとめる。ポスター制作やレポートのピアレビュー時には、2年次生によるピアサポート活動(相互学習支援)を行う体制を整える。
活動レポートReport
60科目あったカリキュラムを分野横断型の4科目群28科目に再編
山口県立大学で「やまぐち未来デザインプロジェクト」の計画がスタートしたのは、2019年6月。「人とモノがつながるSociety5.0の到来」「将来の見通しが効かないVUCA時代への突入」といった言葉が、当時の世情を表すフレーズとして紙誌を賑わしていた。そうした時代背景に加え、学外では山口県における極端な少子高齢化と過疎化、また学内では膨大になりすぎたカリキュラムのスリム化が課題となっていた。
こうしたさまざまな課題を解決し、未来へ向けて存続していくためには、従来の手法にとらわれない総合的改革を推し進めることが必要であると同大学では考えたという。改革を進める核をOECDが「2030年の教育のあり方」として提唱した「Education2030」に置いた。その未来像から、現在すべきことをさかのぼっていく「バックキャスティング手法」を採り入れて、プロジェクトをデザインしていった。
「『Education2030』の中では、2030年という時代を生き抜く力として『新たな価値を創造する力』『対立やジレンマを克服する力』『責任ある行動をとる力』の3つのコンピテンシーを提唱しており、それらを促進するように作用するのが『Student Agency』という概念です。『Student Agency』は、自ら考え、主体的に行動して、責任を持って社会変革を実現していく力と定義されています」と語るのは、同プロジェクトをけん引してきた池田史子教授だ。この言葉をキーワードに、「自己調整」「メタ認知」「課題解決力」「批判的思考」などの力を身につけられるカリキュラムを整備していった。
そして2022年度、1年次のカリキュラムである「基盤教育」を設置。従来60科目あった共通教育のカリキュラムを、科目間の融合を進め、分野横断型の4科目群28科目にまで再編した。これらは全学部学科共通のものであり、それぞれ2年次から始まる専門教育課程履修への土壌づくりの科目群となる。そして、その総括科目として「やまぐち未来デザインプロジェクトⅠ・Ⅱ」が置かれた。
「本学にはもともと地域貢献型大学としての『総合的な学び』という文化があり、分野横断型科目を設置することに対する教員からの抵抗感はそれほどありませんでした。しかし、実際に動き出すとなると、さまざまな意見は出てきます。『先生が教えたい』ではなく『学生が学びたい』と思える学修者主体のカリキュラムの重要性を、時間をかけて学内に広めていきました」と田中マキ子学長は振り返る。
全学科混成の多分野融合チームで批判的思考や主体性を獲得
「やまぐち未来デザインプロジェクト」では、授業の全体テーマとして「これからの人口減少社会をどうデザインすべきか?」を掲げた。「何をテーマにするかよりも、何を身に付けるか、そのためにどう学ぶかが重要」と語る池田教授だが、一方で「人口減少社会」は当大学の学生たちにとって身近な問題であり、また各学部にとっては各専門分野の学びに発展させられる最もふさわしいテーマだとも考えているという。
岩野雅子副学長も「人口減少社会に関しては、健康、福祉、宗教、文化、経済、医療、教育など切り口が多様です。他の学部学科の教員の話を聞くことで、学生たちの学びの視野が広がっていく様子が見て取れます」と語る。
前期に行われる「やまぐち未来デザインプロジェクトⅠ」は、この大テーマに沿った講義を聞くことから始まる。全学生が一つの大きな教室に集まり、外部専門家1人と各学科代表教員5人による計6コマの講義で、人口減少の背景と各分野における課題を大きく理解する。そして前期後半では自分が属する学科に分かれ、各学科の視点から専門知識や考え方を習得する。これらの学びにより、地域社会の諸課題について対話を通じて理解を深め、説明できるようになることを前期の目標としている。
後期の「やまぐち未来デザインプロジェクトⅡ」では、ジグソー法を導入している。各学科の学生が混在する5名ずつのジグソーグループを形成し、4つの中テーマに分かれて学科の専門分野横断的な知識の再構築を試みる。各テーマ16チーム、計64のチームをつくり、異なる専門分野の知識を持ったメンバーがお互いに教え合うという学習法だ。自他の視点を批判的に検討し、新しいアイデアを再構築し、成果をポスター発表やレポートにおいて発信することを最終目標としている。8チームごとに分かれた各教室には、学部学科の異なる2人の教員を配置し、学生からの質問に答えたりアドバイスを与えたりする。学生だけでなく教員も多分野融合の構成とすることで、お互いに多角的な視点が養われるという。
「後期の授業では、観察―着想―発案―試作―点検・評価―修正・実現といったデザイン思考のプロセスを踏んで、グループごとにそれぞれの学びをポスターにまとめていきます」(池田教授)。
ポスターは様式を統一し、各学生がオンラインで共同編集できるように設定され、教員と学生同士の評価によって、各教室代表の8チームを選出。学長、理事長、学外来賓列席のもと、最終発表会が催されて最優秀賞が決定する。2023年度は、山口県立周防大島高校にも最終発表会がオンラインで配信された。同校は2026年度から同大学の付属高校となることが決まっており、2024年度の発表会には高校生発表枠を新設して生徒たちを招く計画も立てられている。
学外に広がる人的財産の有効活用と上級生によるピアサポート活動
同プロジェクトの特徴の一つに、各分野の専門家、官公庁の関係者、他大学の学生、各種マスコミ関係者など、幅広い方面の方々からの協力を得て、発表会だけでなくチーム活動をサポートしてもらっている点がある。こうした人脈の形成は、同大学が長年かけて築き上げてきた貴重な財産であると田中学長は語る。
「県の審議会への参加などで県や市の関係者との交流はもともと深く、地域貢献などの面でもいろいろなお付き合いがあります。各先生の人脈をたどってつながる人的財産を、学びの内容とうまくコーディネートして有効活用しています」(田中学長)。
もう一つ特徴として挙げられるのが、上級生が授業外で1年生の学習支援を行う「ピアサポート」活動だ。2~4年生10名程度が登録しており、年間のべ500時間以上も活動している。登録できるのはGPA(Grade Point Average=大学における成績指標の一つ)が3.0以上で、将来、教職、司書や人材育成などの仕事を希望している学生。毎年卒業していく人数程度を補充し、サポートのノウハウを受け継ぐようにしている。個別相談もあり、レポートのチェックから図書館の利用案内まで多岐にわたった相談に乗っている。
「やまぐち未来デザインプロジェクト」における評価は、同大学独自のさまざまなルーブリックによって行われる。「レポートのチェック項目(自己点検・相互点検・教員評価)」「プロジェクトの創造性を確認するためのルーブリック(教員評価)」「ポスター発表のルーブリック(相互点検)」「学びへの取り組み具合を自己調整するためのルーブリック(自己点検)」と細かく設定されている。教員からの評価だけでなく、自己点検や学生同士の相互点検を交えることで、客観的に自分を見つめる「メタ認知力」が醸成されるという。実際にプロジェクトがスタートした2022年度とそれ以前を外部アセスメントテストで比較すると、「批判的思考」や「主体性」が有意に上昇しており、新カリキュラムの有効性が確認できている。
現在は国際文化学部:国際文化学科・文化創造学科、社会福祉学部:社会福祉学科、看護栄養学部:看護学科、栄養学科という3学部5学科の編成だが、2025年度からは国際文化学部に情報社会学科が新設され6学科体制となる。全学科混成の多分野融合チームの編成にも手を加え、さらに多様性を深めた学びを進めたいとしている。