Program「わたしから始まる学び」を課外の資源に繋げ、促進する
学びの“ナビゲーター”研修プログラム
学びの”ナビゲーター”とは、様々な状況にある一人ひとりが心のエンジンを駆動し続けられるよう、個々の性質・理想に合った経験や情報へと導き、学びを自走させる伴走ができる存在のこと。
全ての生徒が共通で同じ経験をする「地域・社会から学校に学びの資源を届ける」構図だけでなく、生徒個々人の希望や思いに応じて「学校から地域・社会」の学びの資源に繋ぐスキルの重要性が増しつつある。各地で行われているその取り組みを「専門性」として確立し、獲得しやすいものにすることを目指し本研修を立ち上げた。
本研修では、座学とフィールドワークの組み合わせから①10代の若者が置かれる状況を知り、②さまざまな個性・ニーズを持った個人の性質を読み解き、③フィットする学びの資源へ導き、④その結果を生徒と共に振り返る一連のプロセスの習得を行う。
また把握の難しい「さまざまな学びの資源を横断的に学ぶ生徒の成長」を、多様な団体との連携中で可視化し、研修参加者と共に培った知見や事例を、広く参照できるようにまとめていくことを目指すプログラムである。
-1024x576.jpg)

活動レポートReport
「子どもたちの自走・自燃・自律を促す大人」に向けた取組みをスタート
子どもたちが心のエンジンを駆動させながら学びたいことを自ら選び、経験し、その中で新たな発見をして次の挑戦をしていく。このサイクルが回る社会の実現を目指して、ウィルドアは2015年に設立して以来、子どもたちの「私から始まる学び」を、企業やNPO、大学生など、さまざまな校外の資源に繋ぐ活動に取り組んできた。「人生を通じてよいキャリアを歩んでいくには、学校や大人が用意したものを選ぶのではなく、学校外にある資源を、子どもたちが自ら選んで学ぶという姿勢や行為が重要だと考え、子どもたちの自走・自燃・自律を促す活動に取り組んできました。今度はこうした行動をサポートする大人側の支援をしていく取組みとして『学びの“ナビゲーター”研修プログラム』を2023年度からスタートしました」と一般社団法人ウィルドア代表理事の竹田和広さんは話す。
子どもたちの探究活動を外部から促す行動については「ファシリテーター」「伴走」「メンター」などさまざまな言葉で表現されており、その重要性は関係者間で認識されながらも、「具体的にどうしたらいいのか分からない」という声も聞かれる。「ある学校でPBLに取り組んだ際、先生が『生徒に課題を設定してもらうために私は何をしたらいいのか』と他の先生に尋ねたところ、『生徒を見守りましょう』と言われたので、本当に教室の隅に立って生徒をじっと見守っていた。という、一見笑い話のような本当の話を聞くことがあります。しかし当人にとっては切実な問題で、同じような課題を抱えている方は少なくないと考えています」と竹田さんは話す。
またこの優れたスキルを発揮している関係者がいたとしても、それは共有されることなく、暗黙知として個々に持っているのが現状だ。そこでウィルドアでは、分散されているそれらのスキルを集約し、誰もが習得できるような形で発信していく「学びの“ナビゲーター”研修」をスタートした。
「学習者の見立て」をし、その状態に応じて三つの関わり方をしていく
取組み初年度である23年度は、志を同じくするNPOや企業、教育関係者22人と共に、ウィルドアが新しく作ろうとしている言葉「ナビゲート」のエッセンスや広めていくべきことについて言語化するため、合宿や講演、分科会などを実施。それぞれが持っているノウハウやスキルはどのようなものなのかについてディスカッションし、時にはこれまで「ナビゲート」されてきた高校生にも入ってもらって、内容を詰めていった。2024年3月20日には、活動の報告シンポジウムを対面・オンラインのハイブリッドで開催。教員や大学生、また企業やNPOなど約100名に参加してもらい、「ナビゲート」の概念について発信した。
「同じ課題意識を持った関係者と、団体横断で何を理想とすべきか、それをなぜ必要だと思うのか、ということを繰り返しディスカッションしてきました。その中で、我々が『ナビゲート』と呼ぶノウハウやスキルは無限にあるけれども、実はそれらを持っているかどうかということよりも、どのようなスタンス・価値観を持って子どもたちに向き合うかということが今最も欠けていて、そこを広げる必要があるのではないかという結論がでました(下図参照)。このように我々が広めるべきことは何か、ということをしっかり言語化できたということが23年度の一番の成果でした」(竹田さん)。

ナビゲートで大切にしたい「スタンス/観」とは、「学びは楽しい」という学び観、「誰もが『学びたいこと』がある」という人間観、そして「今のwell-beingが未来につながる」という時間軸の捉え方の三つ。「ナビゲート」にはこの三つの「スタンス/観」が必要だという
では実際「ナビゲート」とはどのような行動を指すのか。ウィルドアでは、学習者が今どのような状態なのかを想定する「見立て」を行い、その状態に応じて、「エンパワメント」「フレクション・思考整理」「情報・選択肢提供」の三つの関わり方から最適なものを選んで対応していくもの、と定義した。「『学習者の見立て』はとても重要な要素で、例えば学習者の理想が明確なのか不明確なのか、学習者が課題に対するアクションを思いついているのか、思いついていないのか。その状態を見極めて、三つの関わり方で対応していくというものです。この内容を、トライアル的に学校の教員研修で実施したところ、参加者からは『解像度が上がった』と好評でした。そこで23年度には『学びのナビゲート』というガイドブックを、24年度の初めには『ナビゲート』の事例集を制作しました」(竹田さん)。

「伴走者の関わり方×学習者の見立て」であるということを分かりやすく図解したガイドブックを制作。「学習者の見立てをする上では、『理想』を持っているかが肝になってくると考えています」(竹田さん)

23年度に実施した分科会の様子。分科会の中で、新たに議論したいテーマが生まれれば、そのテーマで次の分科会を開催するなど、柔軟な体制で実施した

2024年3月に開催した「自ら考えて行動する生徒を育むためには」と題したシンポジウムを開催
現場の声を聴きながら、研修内容をブラッシュアップ
「ナビゲート」の言語化・可視化という成果を踏まえ、2024年度は「ナビゲート」の概念を深めていく研究会の継続と、制作した教材を使いながらの研修会の実施という2本柱で活動を進めた。研修会は対面・オンラインで、約560人の高校教員や学生・社会人を対象に実施。講師はウィルドアだけでなく研究会メンバーも務め、「ナビゲートへの理解をさらに深めたい」「学校全体で伴走のイメージ合わせをしたい」などの対象者のニーズに合わせ、「ナビゲート」について発信してきた。「研修会を実施していた当初は、ナビゲートで大切にしたい「スタンス/観」、関わり方などの情報をインプットしてもらい、その後に気づきを促す流れにしていたのですが、あまりピンとこない方が多いことが分かってきました。そこで、まず今学校や授業、生徒たちがどのような状況であるのかということを話し合った上で、『ナビゲート』の概念を伝える流れに変えました。学校の実態に合った具体的な説明と、先生たちの疑問を紐解く質疑応答に力を入れたことで、参加者の皆さんからいい評価を頂けるようになり、研修内容もブラッシュアップすることができました」(竹田さん)。
参加者からは、「今回自分が主にやってきた部分が“エンパワメント型”であると自覚できた。きちんとリフレクションを行う意識を持ちたい」「生徒のモチベーションや状態に合わせてアプローチを変えてみようと思った。特にやる気が低い子には、まずエンパワメント型で興味関心を引き出すところから始めるのが有効そうだと感じた」など、自分自身の意識や行動の自覚、具体的な授業への活用イメージがつかめたという感想も聞かれた。また「(研修が)学校全体で取り組む土台を作るきっかけとなった」「短時間でも同じ課題に向き合う時間を設けるだけで、教員の集団としてアップデートされる感覚があった」など、探究に向き合う教員の意識の底上げ、チームアップの効果があったという声も聞かれたという。
「23年度から研究会に参加いただいていたある高校はすでに先進的な探究活動に取り組んでいらっしゃいましたが、改めてこの学校で研修をしたところ、これまでの自分たちの取組みがどのような意識の下で行われていたのかを再認識し、これから何をすべきかを整理できたという感想が聞かれました。新人からベテランの先生まで、経験値の違う方々が参加されていましたが、『ナビゲート』について言語化し、言語化したからこそ共有知にすることができたのだと思います」と竹田さんは手応えについて話す。
2025年度に向けては、研修プログラムの有償化に向けてさらなるブラッシュアップやナビゲートの公認講師の育成に取り組む予定だ。公認講師とは、ウィルドアが開催する講師研修に参加した方を講師として認定し、教材などを使ってもらいながら、各地のニーズに応じて有償で研修していただくスキームだという。「並行して研究会も引き続き継続していきます。ナビゲートの概念を共有する仲間やネットワークを増やし、どの学校にも一人はナビゲートのことを認識している方がいる。そのような社会の実現を目指して、ナビゲートを広めていきたいと考えています」(竹田さん)。

高校で行った研修の様子。ある高校では、実際の生徒の「見立て」を複数の先生方で行い、関わり方についてディスカッションをするなど、具体性を持たせた研修を実施した

研修で教材としても活用している事例集。伴走された方と伴走した方の座談会のほか、プロジェクトの進捗に沿ってどの時点でどのような「見立て」をしたのかが詳細に記載されている