みらいTALK Vol.1

対談 広島県立呉三津田高校×和歌山県立箕島高校 先生たちの『心のエンジン』を駆動させるには

高校で探究活動を進めていく上での課題の一つが、「学校内の協働の輪を広げていくこと」。
多くの先生が悩まれているこのテーマについて、探究活動に主導的な立場で取り組んでおられる2校の先生に、
現状や打開策などについて話していただきました。※役職名は取材当時のものです

妹背川本先生・山田先生のように、探究活動の取り組みを主導されている立場におられる助成先の先生から、「学校内で先生方を巻き込んでいくことに苦心している」という声をよく聞きます。この課題に対して本日は伺いたいと思うのですが、まずは探究活動を始められた経緯について教えていただけますか。

生徒の変容を見て
先生方の意識も変わる

山田私は箕島高校に赴任してきてから9年目になるのですが、3年生を担任した際に、就職や進学の面接練習であまりにも自分のことを語れない生徒の姿を目の当たりにし、「学校を変えたい」と思ったことがきっかけです。なかなかタイミングがなかったのですが、2022年度から新学習指導要領で「総合的な探究の時間」が始まることを受けて、ようやく「地球市民プロジェクト」をスタートさせることができました。

妹背タイミングがなかったのは何か理由があるんですか。

山田当時の教員の間では「例年通り」という、変化を嫌う価値観が根強く残っていたことが大きかったと思います。生徒が何かしたいといっても、「例年通り」と言って終わってしまう、そんな雰囲気がありました。

川本その正反対にあるのがまさに探究活動の在り方ですよね。私は呉三津田高校に赴任して10年たつのですが、その10年以上前からGAYAの取り組みが始まっていました。ただ、私が赴任した翌年に、GAYAを始められた先生が校長先生として本校に戻ってこられたのですが、早々に「これが終わったらこれ、はい次、というように作業的・事務的になっていて、形骸化しているではないか」と指摘を受けました。その後、教員約10人によるプロジェクトチームを立ち上げ、関西学院大学の木本浩一先生にも入っていただいてもう一度見直すことになり、その中で2016年からスタートしたのが、「社会探究プロジェクト学習」通称シャカタンです。その後は、木本先生にも入っていただいて毎年見直しています。探究活動を継続しているうちに、中身が薄くなって、コンテンツの枠だけが残ってしまうということは、ありがちですよね。今年はどういう意図を持って探究活動をしていくかという意識を教員が持ち続けていくことが大事なことだと思うんです。

山田他の先生方と話していても、受け身なことが多いんですよね。初めは校内での“仲間づくり”をしようと、全部の学科の授業に参加させてもらって、先生たちに感想を伝えることでコミュニケーションを図っていたんです。そのうちに私が探究活動に協力してくださる外部の方を探して、交渉をする姿を見ていた先生方の中には、少しずつアイデアを出してくれたり、自分から工夫をしてくれる先生も出てきました。探究型学習を始めてしばらくたつと、職員室で、担当の教科や学年を越えて、個別の生徒の成長ぶりが話題になるようになりました。生徒が変わるのを目の当たりにすると、先生方の探究型学習への意識も少しずつ変わっていくのを感じます。また、三菱みらい育成財団に助成先として採択していただいたり、市の広報誌や地元のテレビに取り上げられたりと、外部から評価されることで、私も自信が持てるようになりましたし、先生方の関心を高める効果も高かったと思っています。

和歌山県立箕島高等学校 英語担当 山田 江理奈氏

和歌山県立箕島高等学校 英語担当
山田 江理奈

探究の時間は
「教員の探究」でもある

川本先生それぞれに“探究観”があると思うんですよ。違う視点があるということはいいことだけれども、シャカタンとして大事にしていることをどうやって継承していくかというのは悩みどころですね。

山田私もよく校長先生に「山田先生が異動したら探究活動はどうなるんだ」と心配されてます。

川本担当としては、一生懸命やっている姿を見せるしかないかなと。最後まで責任を持ってやるということは自分の中で意識付けしていますね。主担当の教員がどのような顔色で取り組んでいるのか、マインドを持っているのかというのを周りに見てもらうということは大事なことだと思います。

山田分かります!私もそうなんですが、すると「山田があそこまでやるなら手伝おうか」という人は出てくれる。ですが、あくまでも「手伝う」。揚げ句は「山田は好きでやっているしな」になってしまうんですよね。

川本私の周りも言わないだけで、そう思っている人はたくさんいると思います(笑)。

妹背ビジネスの場でも、創業者が主導すればするほど、周りがそれに頼ってしまって、後継者や社員が育ちにくいという課題がよくありますが、少し似ているかもしれませんね。

山田まさに!昨年から地球市民プロジェクトに関わってくれている若い先生が1年生の分を担当してくれて、彼女なりに工夫をしてくれるんですが、自分がこれまで奮闘してきた分、若干寂しい気持ちもあるんです(笑)。でもそこで自分が変に出しゃばっていったら駄目だと思っていて。彼女がメインで担当しながら変えたいというのであれば、いいと言っています。それでも多くの先生が“答え”を知りたいからマニュアルを欲しがるんですよね。この対談に際して私、先生方にアンケートを取ったんですよ。そしたら「答えがないから自信がない」と書いている方がいて、やりたくないんじゃなくて自信がないから一歩引いている先生もいるんだなと分かったんです。

川本担当の教科だったら、大体のシナリオが見えていて、そこに戸惑いや悩みはないんだと思うのですが、探究となると分からなくなるから躊躇されるんですね。でも「探究」の主語は生徒だけではなく、教員でもあって、「教員の探究」を大事にしたいと思っているんです。本校も教員用のマニュアルが欲しいという声があるのですが、それは作らず、「具体的なアドバイスを極力しないでください」ということだけを伝えるにとどめています。生徒との関わり方を教員が都度考えていくというマインドが根付けば、シャカタンは継続できるんだと思ってます。

広島県立呉三津田高等学校 世界史担当 川本 啓正氏

広島県立呉三津田高等学校 世界史担当
川本 啓正

先生が「負担」を
感じるのはなぜか

妹背先生の中には、探究を負担だと考えている方もいらっしゃると思いますが、一番の理由は何でしょうか。

山田アンケート結果を見たら、先生の中には、探究はオプションのようなものであり、やりたい人がやればいいと思っているようでした。そこでこの間の教職員会議で、2022年から学習指導要領が変わり「総合的な探究の時間」が始まったこととその趣旨について改めて説明したんです。自分の担当の教科についての通達については関心を持つのですが、それ以外は自分に関係ないと思っている。文部科学省がなぜ学習指導要領を変えたのか、今の社会に探究がなぜ必要なのか。そうした根本的なところの理解がまだ薄いのではないかと思います。

川本探究は本来、教科の垣根を取っ払って、広く教科の学びを実社会で使えるよう柔軟な力を付けていくというのが目的で、教科の学びとは異なる。しかし、教員が教科と同じように教員と生徒を引っ張っていかなければならないという意識が強くて、それが負担になっているんじゃないかなと。何かの提案をするとか、新しいものを作るというゴールを設定してしまうと、先生にとってもプレッシャーになってしまうんじゃないでしょうか。生徒たちには、自ら問いを重ねたそのプロセスをアウトプットしてもらい、教師はそれを評価すればいいと思っています。

山田実は、先ほどの教職員会議で思いの丈を話せてスカッとしたんです(笑)。生徒たちには自分の言葉で自分の思いを喋れと言っているのに、私は自分の思いを話せていなかったなと。先生たちの中には「探究をやりたくない」と正直に言ってくる先生もいるんです。でも生徒たちも発表なんかやりたくないと思うんです。それを「そうだね、やりたくないならやらなくていい」というのが教育なのか、それは間違った教育じゃないですかって思うんです。私も人前で話すのは苦手ですけど、実社会に出たら、やりたくなくてもやらなければいけないことがある。そこをいかに楽しむかということを、先生たちは生徒にもっと言ってほしいですって伝えてみました。

川本関西学院大学の木本先生には、今も探究活動の見直しにご協力いただいているのですが、今年は、教員間でシャカタンについて話す機会を、木本先生にも入っていただいてセッティングすることになったんです。どんな場になるかちょっと今からドキドキしているんです...。でも教員間で探究活動について話し合う時間はもっと必要ですよね。

山田大学の先生や外部の方に、教員向けに探究について話してもらうというのはすごくいいですね。今度、私の大学の時のゼミの先生をお呼びして講演をするのですが、もっと早い段階で探究について話してもらう場を設ければよかったなと思っているところです。私が言うよりも、先生たちの納得感も高いんじゃないかと。いい気付きを頂きました。自分自身心がくじけそうになるときも多いですが、今日の対談で、「何のためにこのプロジェクトをしているのか」という原点に返ることができました。今後のヒントも頂けて、本当にお話しできてよかったです!

川本私も、山田先生と以前お会いしたことがあったかと思えるほどに、打ち解けてお話することができ、学校は違えど、主体的にチャレンジする生徒を育みたい思いは一緒なのだと感じることができました。山田先生から元気とエネルギーを頂きました。ありがとうございました!!

2023年7月7日広島県立呉三津田高校にて
山田江理奈氏と川本啓正氏
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