高校での探究の学びを、大学ひいては社会とどう繋げていくべきか。
助成先である高校と大学の先生方に集まっていただき、高校側・大学側から見た探究活動の課題や、
大学での最新の動きなどを語っていただきました。※役職名は取材当時のものです
大学でも見て取れる
高校での探究の「成果」
妹背久賀先生は、大阪大学が主催されている「高校教員のための探究学習指導セミナー」に参加されたんですよね。
久賀2019年に初めて参加しました。大阪大学のセミナーがなければ、本校の探究はなかっただろうと思うほどの深いご縁です。
進藤大阪大学が高校の探究のサポートを始めるにあたって、まずは先生方の心のエンジンを駆動させることが肝要だろうと教員向けのセミナーを開催しました。受講された先生方が各校で先導者となって、探究を広めてもらうだけでなく、1カ所に集まってもらうことで、先生同士の繋がりを作れればという狙いもありました。このセミナーも今年で10年目となり、正直、こんなに長く続くとは思っていませんでした。
妹背それだけ教員側のニーズが高いということですよね。久賀先生は自校に戻って探究の枠組みを作ってこられたのですよね?
久賀セミナーで学んだ内容を整理してみると、私たち教員が普段の授業で実現したいと願っていることそのものでした。しかし、実際に校内で共有し進める中ではさまざまな壁がありました。まずは生徒がますます忙しくなるのではという懸念です。部活動への影響を心配する教員の声もありましたし、受験勉強が気になり探究に前向きになれない生徒もいました。それでも、受験で成果を上げた生徒の多くは探究も頑張っていた印象が強いです。
吉川私も高校時代に探究に熱心に取り組んでいた学生は、大学に入っても他の科目のパフォーマンスがいいと感じています。私の担当科目は、座学のレクチャー形式ではなく、グループワーク主体なのですが、履修している学生は、「この科目を通して何を身に付けるか」という意識が高い気がしますし、年々レベルが上がっていると感じています。
妹背この学生は高校で探究をしっかりやってきているなと、分かるものですか?
吉川やっぱり分かりますね。
進藤そのような意味では高校時代の探究活動は決して無駄になっていないということですよね。
吉川全く無駄にはなっていませんね。探究に真剣に取り組んできたか否かで、学びに対する積極性が違うと感じています。特に私は探究と比較的親和性が高い地域連携の科目を担当しているからかもしれませんが、学生たちが中学や高校で持っていた問題意識を、大学では定性的・定量的なリサーチなどを組み合わせて、別のアプローチで考え直せているととらえています。そこに学部の専門性を踏まえてどうアプローチしていくのか考えてもらうようにしています。
進藤大阪大学でも、ある学生がインターンシップを経験してみたらとても有意義だったので、そのことを後輩に伝えたい、研究室でインターンシップ制度を作りたいと提案してきました。その学生は高校の時に探究をしっかりやってきていたようです。また、彼以外にもいろいろ主体的な提案をする学生が出てきたりするのを見ると、高校の探究の効果が出始めていると感じますね。
名古屋市立菊里高等学校 教諭 探究部主任
久賀 史恵氏
探究を経験してきた新入生に
大学はどう対応すべきか
妹背2025年度の大学入学者は、高校の新しい学習指導要領で「総合的な探究の時間」を必修で経験してきた学生になるわけですよね。岡山大学では、そうした学生を対象にした新しい科目を作られていると伺いましたが。
吉川新入生全員必修の「知の探研(たんけん)」という科目を開発中です。高校での探究と大学で取り組む研究との間を橋渡しするような役割を想定しています。学生は学部横断でクラス編成し、教えるほうは文系と理系など異なる分野の教員がペアになって、専門分野を生かして探究学習を見守るというものです。昨年度のトライアルでは「数値で違いを示す」という共通テーマのもと、運動学の先生がボトルフリップ(※1)が上手な人と下手な人の違いを実際にアプリを使って実験して説明しました。私は地域の違いを数字で表すために、RESAS(※2)などの統計データを使って実証してみせました。専門分野が違っても、研究方法は基本的には同じであるということを学生が実感できたようで、大変好評でした。
進藤大阪大学では2019年度に少人数セミナー型初年次導入科目「学問への扉」を全学必修科目として開講しました。大学の全教員が持ち回りで担当し、人文科学、社会科学、自然科学を網羅した約250コマの授業から、新入生が興味を持った講義を選択できるようになっています。「高校で探究学習が本格化する中、旧態依然とした教養教育を受けさせると、学生のモチベーションが下がるのでは」という懸念からスタートした科目ですが、学生には好評ですね。
久賀今のお話を聞き、中学から高校に進学した時にもそのようなプログラムがあるといいなと思いました。最初に探究は楽しいと体験できればその後スムーズですし、他の学びにも活きます。
吉川自分の人生を自分でデザインできるための知識を得ていく、その楽しさを経験するのに探究の授業をうまく使えるといいですよね。
久賀今、名古屋市は一般教科でも探究的な視点を入れた授業改善の取組みを進めていますし、私自身探究に携わって自分の教科の授業も変わりました。例えば、担当の英語の授業では、教科書の一文「地雷は人を殺すために作られ、その後何十年も被害を及ぼす」から、問いをたくさん作りましょうと。どこの国が作っているのか、被害が多い地域はどこか、などいろいろな問いが出て、それに対して仮説を立て、その後で教科書を読み進めていくと、その問いに対する答えがあったりなかったりして、生徒も私自身もより楽しんで授業を進めることができるようになりました。
※1 一定量の液体が入ったペットボトルを空中に投げて回転させ、底を下にして直立させる遊び※2 経済産業省と内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局が提供している、産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のビッグデータを集約・可視化するシステム
大阪大学 副学長(全学共通教育担当)/
全学教育推進機構長/
人文学研究科(外国学専攻)・外国語学部教授
進藤 修一氏
外部の刺激が子どもたちの
内発的な動機を呼び覚ます
久賀今日は大学の先生がいらっしゃるので、高大接続について伺ってみたいと思い、最近もやもやしていた疑問「高大接続とは、誰が何のためにやるのか」についてまず同僚たちと話してみました。高校3年間と大学4年間の7年間を通じて、子どもたちがよりよい人生を送ることができるようにサポートするための枠組みであり、その中でどのようなことをしてあげられるのかを考えることだ、というのが今のところの私の答えなのですが。
吉川おっしゃる通り、私たちは一人ひとりの学生を見ると同時に、プログラムを提供する側の視点も入れて考えなければなりませんよね。私の場合は、高大接続だけでなく、先々社会に送り出していく時の基礎的なプログラムをどう用意していけばいいのかということも、同時に考えなければいけない立場にあると考えています。要は「学びの地図」のようなものを学生たちに見せていかなければならない。こっちのルートを行けばこうしたことが学べる、あっちのルートに行けばこうした知識を身に付けられるという道しるべみたいなものを、教養教育科目でも持たせるべきなんだろうなと思っています。
進藤その「地図」という言葉、いいですね。大阪大学では「人生100年時代、どうやって学んでいくのか」という大きなテーマを掲げています。小中学生を対象にした「めばえ適塾」という理系の教育プログラムも実施していますが、これもそのテーマに沿ったものです。また高校生に対しては、2015年から大学での学びや研究を体験してもらうSEEDSプログラムを始めています。当初は生徒集めに苦労しましたが、今は多くの志願者が集まり、高い評価を受けています。小中高大の中で、彼女彼らたちが行きたい方向にどう導いてあげられるのかが求められていると感じますね。
妹背進藤先生は、大阪大学の教養教育全体を見るお立場にあると思いますが、今大学の教養教育はどのように変わりつつあるのですか。
進藤大阪大学は教養教育科目が約2,000科目ありますし、学部学生は一学年3,300人ほどおりますので、教養教育改革もなかなか大変で、できるところから、にはなります。最近は高校の探究でも、また一般にもSDGsという考えが浸透してきて、関心を持つ学生も増えています。そこで、SDGsを理解するための「OU-SDGsプログラム」を今年度からスタートさせました。大阪大学の教員と企業に所属するゲストスピーカーの全15回リレー講義「阪大SDGs学入門」を必修とし、それ以外に選択科目を30科目用意し、所定の科目を履修すれば修了書も出る仕組みです。
妹背大阪大学では高年次教養教育にも取り組んでおられますよね。
進藤1年生で受ける教養教育はどうしても学生が“義務感”を持ってしまうと感じることがあります。しかし3・4年生になると、自分の研究を進めるうえで、必要な教養教育が履修できていなかったことに気づく学生も多いため、高年次教養教育科目を設定しました。所属している研究科・学部以外の部局開講科目を履修できますし、それらが高度教養教育科目の単位として認定されるような仕組みとなっています。
吉川必要に迫られてという学生もいるでしょうが、シンプルに学生の知的好奇心を高めるいい仕組みですよね。
進藤私たちがあれこれ言うより、自ら視野を広げようという気持ちが内発的に出てくると学生のやる気が違いますね。なので、履修したい時に履修できる仕組みを外発的に作っておけば、学生たちの心のエンジンに火がつくんだと思います。もう一つ、大阪大学では学生の自主研究を奨励しています。自分がやりたい研究の計画書を作らせ、先生を探して口説くのも学びの一つなので、学内からアドバイザー教員を自ら探させます。申請が通れば研究費を出しますが、自分の卒業研究をテーマにするのはNGなので、1・2年生が主な対象となります。経済学部の学生がメダカの研究をしたり、すごく面白いんですね。
吉川学生には自ら学びたいという内発的な動機を持ってほしいと思っていますが、内発を呼び覚ますために外発で刺激を与えることは必要ですよね。探究でいうならば、日常の中に探究という少し異質なものをどう取り組むかという工夫が必要で、例えば「非日常」的なことを入れてみたりする。
久賀本校でも、弁護士会の方にディベートを指導していただいたり、発表の場に大学の先生においでいただくといった「非日常」を取り入れています。また卒業生の方には、探究に協力いただいて、授業に入って生徒の個人面談をしてもらっており、生徒には大きな刺激になっています。
進藤大阪大学がかつて主催していたSGH甲子園というイベントには、いろいろな学校から子どもたちが集まりましたが、実施後に交流会の場を設けていました。高校生はそこで友達を作るのが楽しみだったようですし、また他校の生徒からコメントをもらえるというのも刺激になっていたようです。こうした「非日常」を入れるのは効果的ですよね。
岡山大学 教育推進機構 准教授
吉川 幸氏
重要なのは、探究の成果
ではなくプロセス
久賀先ほど進藤先生と吉川先生がおっしゃったように、生徒の内発的な動機を呼び覚ましたいとは思うのですが、探究のテーマ設定は本当に大変で、エンジンがかかるまで生徒・教員双方にとって苦しい時間となっています。生徒の中にある知識や経験では出てこない、出てきてもそれが研究になるかどうかの見通しが本人も教員も分からない…。しかし昨年度は高大接続の一環で、市立大学の先生が週3日常駐して助けてくださいました。例えば、「最高の卵かけご飯を作る」というテーマに対して、私たちは研究テーマとして適しているのか疑問でしたが、研究の指導に長けた大学の先生は違う感覚をお持ちで、「これはいいね!」と、研究アプローチのアドバイスを頂けて前に進めたということがありました。「最後まで溶けずに食べられるアイス」というテーマも私たちは探究になるのか判断に困りましたが、試行錯誤の実験の末、面白い研究になりました。
吉川探究のコンテストに出るのはある種、成果発表的なニュアンスがあると思うのですが、教育活動の中での探究で重視すべきはプロセスだと思っています。本当に「溶けないアイスクリーム」が作れたら、これは世紀の大発見ですよね。でも誰もそこまで求めていない。試行錯誤のプロセスの中で、生徒が自分で設計して自分で歩んでその結果を発表する、ということが素晴らしい学びなのだと思います。
久賀ついつい教員も生徒も「成果」が気になってしまうし、「成果」が出れば校内で探究を推進しやすいといった面もあります。例えば、総合型選抜で探究活動を活用するなら、どのレベルの「成果」が評価され、探究のどの部分が評価されるのでしょうか。
吉川総合型選抜をされる各大学の考え方にもよるので、一概には言えませんが、期待されるのは、探究の経験から何を学んだか、ではないでしょうか。探究する中で毎回振り返りをきちんとして、自分の中でどんな変化が生まれたのかをはっきりと自分の言葉で言える学生は大学でも高いパフォーマンスを発揮します。冒頭で、学生が探究をやってきたかどうかが分かるとお話ししたのは、こうした部分です。具体的経験から省察的観察をし、抽象的概念化して次の実験に移るという、デービッド・コルブ(アメリカの組織行動学者)が提唱した経験学習サイクルを回せるかどうかが大切ではないでしょうか。進藤先生はいかがですか?
進藤吉川先生のおっしゃる「プロセスが大事」というのは、まさにその通りだと思います。最近の子どもたちはプロセスを飛ばしてすぐに答えを求める傾向がありますね。また私の嫌いな言葉ですが「タイパ(タイムパフォーマンス)」も重視する。でも、いろいろやってみてダメでした、でも構わないんです。何がどうダメだったかを学び、次にどう活かそうとしたのか、知的格闘をしたプロセスが分かればいいと思うんです。私もドイツ留学時代に、さんざん教授から研究テーマにダメ出しされて相当悩みましたが、そのプロセスがあったからこそ何をやりたいのかが見えてきましたし、今の自分があると感じています。
久賀そこまで専門的に深められていなかったり、際立った成果に結びつかなくても、振り返った時に自分の学びをメタ認知できて、次に繋げられたら、その探究には意味があったということですね。
吉川その時点での取組みで思うような結果が出なかったとしても、次の年はそのプロセスを踏まえて、違うテーマで、違う取組みができるかもしれない。学びは人生を通してスパイラルしながら上がっていくものですよね。
進藤そうですね。スパイラルだから切れ目はないんですよね。学び自体はそうあるべきであり、我々のサポートも持続可能にしていくべきだとは思うのですが、こうした認識を持つ教育関係者はまだまだ多くないとも感じます。ですが、三菱みらい育成財団の取組みがすそ野を広げていくことに繋がっていきますし、こうして縁を得た皆さんと一緒に取り組んでいかなければと改めて感じました。
吉川私も皆さまのお話を聞いて、勇気づけられることがあった一方で、探究を進めていくうえでのさまざまな障壁があるのだなとも思いました。大学側にいる身として、高校生が大学生になり、大学生が社会人になるという二つのトランジション(移行)をサポートできれば、との思いを強くしました。
久賀高校を取り巻く今の状況の中で探究を推進していくうえではさまざまな課題があって、意気消沈することもあるのですが、探究がもたらすプラスの影響はたくさんあり、それは両先生が実践されて感じておられることと同じだと分かりました。この対談を通じて、自分が直面する壁を構造的なものとして大きな視野でとらえることができました。心機一転頑張りたいと思っています。
妹背今日は皆さまそれぞれのお立場での取組みや課題がよく分かりました。また、財団の助成先同士の繋がりをきっかけに、生徒たち、学生たちや先生方の心のエンジンを駆動する取組みをさらに発展させることができればと感じました。今日はありがとうございました。
2024年7月2日 大阪大学にてファシリテーター
三菱みらい育成財団 常務理事
妹背 正雄